庭球お話
□きつね
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その人は、たまにやって来る。一度ドキドキしながら近寄ってみたら、頭を撫でてくれた。
「あれ?」
滝修行の途中、リュックの近くに誰かが立っているのが見えた。その子はリュックを抱きかかえて走っていく。
「え、ちょっ、おい!!」
それを慌てて追いかける。水に濡れたまま靴をはき、走った。ギリギリ追いかけられるスピードだったが、しばらくして見失う。さらに、道に迷ってしまっていた。
「参ったな…」
そんなに大きな山ではないので、遭難することはないだろうけど…どうしよう…。
こつん。
立ち尽くす俺の頭に何かが飛んできた。見てみれば木の実だった。上から降ってきたのかと顔を上げてみれば、葉はあるが実をつけたものは見当たらない。
空は先日の豪雨とは打って変わって真っ青だった。
こつん。
右肩にぶつかったのはやはり木の実。飛んできた方向に顔を向ければ、狐のお面をつけた子がこちらをみていた。
その子が手招きをする。
「案内してくれるの?」
尋ねたらその子は俺に背を向けて歩き出した。
なにもないよりは、現れたあの子を信頼するべきだろうか。
迷ったが、俺はその子についていくことにした。
その子は時折俺を振り返りながら、身軽にぴょんぴょん進んでいく。
「ねぇ、名前はなんていうの?」
「ヒナ!」
尋ねるとぴょんと跳ねて振り返り、答えてくれた。
身軽なヒナはどんどん進んで行く。しばらくして、開けた場所に出た。
「ここは…」
「てつ、」
振り返ったヒナが、俺の名を呼んだ。俺は彼女に名前を教えていない。
「なんで、俺の名前知ってるんだ?」
「おにぃ?おとぉ?が、よんでた!」
「兄さんか…父さんが…?」
「そう!てつ、つかれた?」
「まぁ、疲れた」
「じゃあきゅうけい!」
木の根元に座ったヒナが、こちらに座れと隣の地面を叩く。
「ちょっときゅうけいしたらいいよ」
「そうだね」
悪意がなさそうだったから、俺はヒナの隣に座った。
「ヒナがてつをまもるよ」
「はは、ありがとう」
遠くで物音がして、はっとする。木に寄りかかって休んでいた俺は、心地よい日差しと風で、いつの間にかうとうとしていた。いつの間にか目の前に俺のリュックが置いてあり、中身を引っ張り出して着替えて、リュックを背負い立ち上がる。
「てつ、てつ」
声がした方向に目を向けたら、木の根元に木の枝で矢印が作ってあった。
「?」
「これ、すすむの!」
どこからかするヒナの声。
「これをたどればいいの?」
「そう!てつかえれる!」
傾斜も緩く、段差もほとんどない道をしばらく歩いていると、いつもの山道にでた。
「あんた、どこ通ってきたんだ?」
見知らぬおじさんがいうには、先程先日の豪雨の影響で滝の水量が急激に増したらしい。幸い、巻き込まれた人間はいないそうだ。
普段なら有り得ないことらしく、誰も巻き込まれなかったことを喜んでいた。
家に帰って着替えを洗濯に出していたら、リュックの中から狐の面がでてきた。ヒナがつけていたものに似ている。
「なにそれ、趣味悪い」と妹に罵られたが、なぜだか捨てられずに部屋に置いておくことにした。
数日後、また滝に打たれに行った。
自分の荷物を置いた場所に戻ってくると、狐が1匹丸まって眠っていた。
もしかしたら、俺の思い違いかもしれないけれど。
俺は、その狐を撫でた。
助けてくれてありがとう