庭球お話

□きつね
1ページ/1ページ

その人は、たまにやって来る。一度ドキドキしながら近寄ってみたら、頭を撫でてくれた。



「あれ?」

滝修行の途中、リュックの近くに誰かが立っているのが見えた。その子はリュックを抱きかかえて走っていく。

「え、ちょっ、おい!!」

それを慌てて追いかける。水に濡れたまま靴をはき、走った。ギリギリ追いかけられるスピードだったが、しばらくして見失う。さらに、道に迷ってしまっていた。

「参ったな…」

そんなに大きな山ではないので、遭難することはないだろうけど…どうしよう…。


こつん。


立ち尽くす俺の頭に何かが飛んできた。見てみれば木の実だった。上から降ってきたのかと顔を上げてみれば、葉はあるが実をつけたものは見当たらない。

空は先日の豪雨とは打って変わって真っ青だった。


こつん。


右肩にぶつかったのはやはり木の実。飛んできた方向に顔を向ければ、狐のお面をつけた子がこちらをみていた。

その子が手招きをする。

「案内してくれるの?」

尋ねたらその子は俺に背を向けて歩き出した。
なにもないよりは、現れたあの子を信頼するべきだろうか。
迷ったが、俺はその子についていくことにした。



その子は時折俺を振り返りながら、身軽にぴょんぴょん進んでいく。

「ねぇ、名前はなんていうの?」
「ヒナ!」

尋ねるとぴょんと跳ねて振り返り、答えてくれた。

身軽なヒナはどんどん進んで行く。しばらくして、開けた場所に出た。

「ここは…」
「てつ、」

振り返ったヒナが、俺の名を呼んだ。俺は彼女に名前を教えていない。

「なんで、俺の名前知ってるんだ?」
「おにぃ?おとぉ?が、よんでた!」
「兄さんか…父さんが…?」
「そう!てつ、つかれた?」
「まぁ、疲れた」
「じゃあきゅうけい!」

木の根元に座ったヒナが、こちらに座れと隣の地面を叩く。

「ちょっときゅうけいしたらいいよ」
「そうだね」

悪意がなさそうだったから、俺はヒナの隣に座った。

「ヒナがてつをまもるよ」
「はは、ありがとう」



遠くで物音がして、はっとする。木に寄りかかって休んでいた俺は、心地よい日差しと風で、いつの間にかうとうとしていた。いつの間にか目の前に俺のリュックが置いてあり、中身を引っ張り出して着替えて、リュックを背負い立ち上がる。

「てつ、てつ」

声がした方向に目を向けたら、木の根元に木の枝で矢印が作ってあった。

「?」
「これ、すすむの!」

どこからかするヒナの声。

「これをたどればいいの?」
「そう!てつかえれる!」

傾斜も緩く、段差もほとんどない道をしばらく歩いていると、いつもの山道にでた。

「あんた、どこ通ってきたんだ?」

見知らぬおじさんがいうには、先程先日の豪雨の影響で滝の水量が急激に増したらしい。幸い、巻き込まれた人間はいないそうだ。
普段なら有り得ないことらしく、誰も巻き込まれなかったことを喜んでいた。




家に帰って着替えを洗濯に出していたら、リュックの中から狐の面がでてきた。ヒナがつけていたものに似ている。

「なにそれ、趣味悪い」と妹に罵られたが、なぜだか捨てられずに部屋に置いておくことにした。


数日後、また滝に打たれに行った。

自分の荷物を置いた場所に戻ってくると、狐が1匹丸まって眠っていた。


もしかしたら、俺の思い違いかもしれないけれど。

俺は、その狐を撫でた。




助けてくれてありがとう




 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ