庭球お話

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2月にはチョコレートを好きな人に贈る日がある。2月になったころから友達はみんなそわそわし始めていた。
わたしはといえば、友達について行って、みんながチョコレートやお菓子の材料を買う中、売り場に並ぶきれいなチョコレートを見て「ああ、これ欲しいな」なんて思っていた。もうすでに1つ買っておいた。友達にうんぬん言われるのが嫌で、1人で出かけて買っておいたのだ。

「私、忍足先輩にあげるんだ」
「私は宍戸先輩!」

友達が口にするのは、男子テニス部の先輩。わたしの学校の男子テニス部はかっこいい人が多くて、クラスの子のほとんどに憧れる先輩がいる。わたしも、憧れる先輩がいる。

「またねー」
「あれ?ヒナ、いかないの?」
「わたし、行くとこあるから」
「……あ、そっか!また明日ね」
「うん、うまく渡せるように祈ってるね」
「ありがとー!」

ただ、それは他校生の先輩。学校のテニス部に向かう友人と別れ、わたしは学校を出て、家とは反対の方向へと歩き出した。



こっそりと他校の門を通り、テニス部へと向かう。部室の陰からコートを覗くと、誰もいない。……あれ、どうして?まだ放課後じゃないのかな。

「なにしてんの?」

声に振り返れば、美形とヤンキー先輩と帽子先輩とタオル先輩と妖怪先輩と前髪先輩がいた。わたしの目的は超絶美形の深司先輩。駆け寄る。

「深司先輩!」
「うるさいな、大きな声出さないでよ」
「ごめんなさい…」
「なに、今日は何の用なの?」

さもうっとうしそうに、深司先輩が言う。

「今日は、あの、バレンタインなので…」
「そんなのでわざわざきたの?こんな寒い中?君も暇だね」
「深司先輩に会うためなら、晴れでも雨でも暑くても寒くても忙しくても暇でも」
「わかったから」
「これ、もらってくださ」

かばんの中から、チョコレートの箱を出そうとしたら、その手を抑えられる。

「ちょっと。こんなところで渡す気?」
「はい?」
「こっち来て」

そのまま腕を掴まれ、引きずられるように歩く。一回も振り返らずに、ずんずんと歩いて行く深司先輩。校舎の中にまで連れて行かれ、他校生のわたしがここまで入っていいのか不安になる。

教室の中に誰もいないのを確認して、2人で教室に入る。

「で、なに」
「これもらってください」
「ありがとう」

チョコレートを差し出すと、深司先輩はすんなりと受け取ってくれただけでなく、お礼を言ってくれた。

「…………」
「なに、その顔」
「いや、あの…」
「俺が素直にお礼言ったのがそんなにおかしい?俺だってそんなに礼儀知らずじゃないよ。神尾と違ってちゃんと空気読めるし」
「(神尾ってだれだろ…)おかしいっていうか…あの、嬉しいです…」

こんなのいらないとか言われると思いました、と笑えば「そんなことさすがの俺でも言わないよ」とそっぽを向かれた。しかし、そっぽを向いた後、すぐにこちらに向き直る。鋭い眼光に、なにを言われるかと身構える。

「でも早く来たね。学校早退とかしてないだろうね?」
「はい、ちゃんと、終わってからきました」

答えると、深司先輩は少しうなづいた。

「そう。……もう帰るの?」
「え?」
「練習、見ていくの?」
「い、いいんですか!?」
「いいよ。……マフラー持ってないの?」

予想外の言葉に驚いていると、深司先輩は少しめんどうくさそうに話をしてくれた。わたしがマフラーをしていないのをみると、そう尋ねられた。持っていないと答えると、深司先輩は自分のマフラーを取っていきなり近寄ってくるものだから、あわてて後ろに下がったら転びそうになって腕をひかれる。

危なっかしくてみてられないよなぁ、とぼやきをいただいた。ついでに動かないでよとくぎをさされる。マフラーを巻かれて、深司先輩の意図がわからずに見上げる。

「これあげる、お返しに」
「ええ!?そんな、悪いですよ!」
「いいから、ほら。行くよ、ヒナ」
「え、あの…!」

手を握られ、また引っ張られる。手を握られたのと、名前を呼ばれたのと、マフラーからするいい匂いに思考が追い付かない。もつれる足で何とか歩く。

深司先輩が、足を止めて振り返る。きれいな髪がさらりとなびく。

「ねえ」
「はい!?」




ちゃんと隣歩いてよ




(引きずられたいの?まさかM?)
(ち、違います!)
(じゃあちゃんと歩いて。引きずってばっかりじゃないか)
(わ、わかりました!)

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