庭球お話
□きっかけは
1ページ/1ページ
俺がその異変に気付いたのは、異変が起こり始めてどれほどが経過したときだったんだろうか。
中学に入って、2か月がたったころ、体育の授業から戻ってきた俺は自分の上靴が高さのある棚の上においてあるのを見つけた。それは壁を何とかよじ登ればとれないこともないが、そんなことしちまったら次の授業に間に合わねえ。俺は靴下のまま、校舎に入った。
昼休みになって、上靴を取りに向かう。靴箱を覗いてみたが、もちろん自分の外靴しかない。やれやれと棚へ歩み寄る。
「あ」
すとん、と棚の上から女子が降りてきた。ひらりとスカートがめくれ上がる。
「今パンツみたでしょ!?」
「…………」
スカートをおさえながら、女子が言う。なんだこいつ。馬鹿か?
「なによ、無視?」
「みてねえよ。そもそも体操服だったじゃねえか」
「やっぱりみてんじゃないのよぉ!」
女子は顔を真っ赤にして俺に何か投げつけ、「ばーか!」と捨て台詞を吐いて走って行った。俺にあたって床に落ちたのは、俺の上靴だった。
確か、それがきっかけだった。
俺はちょくちょく私物がなくなったと思ったら戻ってきていることに気付いた。
これはあいつの仕業だろうか。
広い学校ではないが、一人の生徒を探し出すのは難しい。ふらふらと校舎を歩き回ったってみつかるもんじゃねえ。名前どころか、学年もわからない。
そんな話を同じ部活の連中にしたら、馬鹿にでかいやつ、石田が「ああ、その子なら」と情報を提供してくれた。
「おい」
「わたしはおいじゃありませーん」
教室から出てくるところを呼び止めれば、ぷいとそっぽをむいて歩き出す。俺はそれを追いかける。
「名前知らないんだから、呼べねえだろ」
「じゃあ内村くんは知らない人でもおいっていうの?もっと丁寧に声掛けないの?」
かけない。
「どうせかけないんだろうな」
「わかってんじゃねえか」
「なに、なにか用事?」
ようやく立ち止まって、こちらを振り返る。腕を組み、不機嫌そうな顔をしている。その隣を、こいつの友人だろうか、心配そうな顔で通り過ぎていく。理由はすぐわかる。俺が問題のあるテニス部員だからだ。
「ありがとう」
「はあ?」
「んだよ」
人が礼をいったというのに、この女、変な顔して変な声を漏らしやがった。
「なによ、なにがありがとうなのよ」
「こないだの上靴も、筆箱も、体操服もだよ」
「ますますわからない」
なにがわかんねえんだよ。俺はお前が分からねえよ。
何も言わなくなった俺に、あわてて話し出す。
「いいの、いいの。わたし、内村くんが学校に来てくれないと嫌だから、いいの」
「なにがいいんだよ」
「靴探すのとか、ぜんぜん気にしないで」
そういって、にこりと笑う。
「内村くん、他人にお礼言う人だなんて思わなった」
「お前じゃなかったら言わねえよ」
「なにそれ、うれしい」
「お前、俺が問題あるテニス部の部員だってしってんだろ?なのに、変に距離置いたりしないから気に入ったんだ」
「背が低いくせに態度でかい!さすが内村くん!!」
そうこうしているうちに、桜井や森たちが集まり始める。今日も部活とは呼べない部活だ。
女子生徒は、テニス部員たちが俺を待っていることに気付き、また笑顔を見せた。
じゃあまた明日。
(あ)
(どうした内村)
(名前聞きそびれた)
(また明日でいいんじゃない?)