捧げ物・企画
□A
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(はぁ〜…緊張する…)
今日は高校の入学式。
新八は校門を前にして、何度も深呼吸をしていた。
何故ここまで緊張しているかというと、ただの学校じゃないからで。
この高校は、一般家庭には想像出来ないくらいのお金持ちや、エリート家庭の御子息しか来れない学校なのだ。
因みに新八の家庭はごくごく普通の一般家庭。
そんな新八がこの高校に入学する事が出来たのは、今年からある制度が設立されたからであった。
奨学制度――…
この制度のおかげで、新八は今この高校の前に立っている。
辺りを見渡せば、何だか自分とはかけ離れた世界にいそうな人達ばかりいた。
(あ、あの人ブランドの鞄持ってる…)
鞄は自由な物を使用して良いのか、よくよく見れば皆ブランドの物を持っている。
どうにも馴染めそうにない雰囲気に引き攣りながら、新八は校内に入っていった。
***
決められた教室に行き、席を確認して座る。
その瞬間、何だかどっと疲れが押し寄せてきた。
(つ…疲れた…)
何だこの疲労感。
机に突っ伏して休んでいると、隣に誰かが座った気配がした。
「入学早々何項垂れてるんでィ。運が逃げるぜ?」
「へ?」
声の方へ顔を向けると、亜麻色の髪をした所謂美男子が頬杖をしながら新八を見ていた。
同性でも綺麗な者に見つめられれば照れる。
新八はえーと、と言葉を詰まらせた。
「見ない顔だねィ。中学の時居たか?」
「いえ、僕は今年から入学したので…」
新八がそう言った途端、今まで騒がしかった教室が一気に静かになった。
幼稚園からエレベーター式で進学するこの学校で、高校から入学したという言葉が表す意味は1つだけ。
「するってぇと、眼鏡君がこの学校初の奨学生なんで?」
「そ…う、なりますね」
何だか自慢したみたいで嫌だなと、新八は苦笑いする。
「じゃああの噂も知らないわけだ」
「あの噂?」
亜麻色の少年は続ける。
「"高等部の3年生には気を付けろ"」
「3年生?」
「ま、今年進学したから、去年までこの噂は2年生に気を付けろだったんですがねィ」
「はあ…」
やはりこういう特殊な学校だと、問題の1つや2つはあるのだろう。
だが自分は1年だし、3年生と関わる事なんて無いと、この時新八は思っていた。
「そういや、まだ名前言ってませんでしたねィ。沖田総悟でさァ」
「あ、僕は志村新八です」
この時はまだ平和だった。
そう、この時は…――
***
「金持ち共め…」
お昼になり、お弁当を鞄から出すと、周りのクラスメイトが物珍しそうに寄ってきた。
これ何あれ何とおかずを指差しては騒がれて、仕方なく教室から逃げ出してきたものの、何処で食べて良いかも分からない。
「て言うか、何で沖田さんまでついてくるんですか?」
「水臭えじゃねぇですか新八君。俺とお前の仲だろィ」
「全然思い当たる節が無いんですけど」
とは言え、気取らない沖田の態度は少なからず新八を安心させた。
此処にいる生徒は皆想像も出来ないくらいの家柄出身であり、もっと嫌な感じだろうと不安になっていたからだ。
「沖田さんの家はどんな感じなんですか?」
「特に何かある訳じゃねぇよ。親も再婚同士だし、そのお陰で胸くそ悪ィ兄貴も出来ちまったしなァ」
「お兄さんですか」
戸籍上はだけどな、そう言う沖田は無表情だ。
先の言葉から察するに、あまり仲良くないのだろうか。
「僕も姉がいます。女子高に行ってるので、今は別々ですけど」
たわいのない話をしながらふと思う。
「お弁当…何処で食べよう」
「屋上なんか良いんじゃねぇですかィ?」
「あ、良いですねそれ。そうしましょうか」
お日様を浴びながら食べるお弁当はなかなか美味しいかもしれないと、新八は思う。
この学校には一流シェフが腕に縒りを掛けた料理が並ぶ学食があり、殆どの生徒は其処でお昼を食べるらしい。
もちろん、そんな高級な学食など新八には手も足も出せないのだが。
「あれ?そういえば、沖田さんはお昼何食べるんですか?手ぶらじゃないですか」
「手ぶらで良いんだよ。どうせすぐ手に入るからなァ」
「?」
この言葉の意味を、後に新八は理解する。
そしてそれと同時に、物凄く面倒臭い事に巻き込まれていくのだった…――
***
「風が気持ちいいですね〜」
流石はお金持ちが通う学校、屋上もかなり立派だった。
「誰もいませんし、何だか貸しきりみたいです」
「そりゃ、此処には誰も来ねぇだろうな」
「どうしてです?」
「決まってらァ。この屋上は、彼奴らの縄張りだからだよ」
沖田の言葉を理解する前に、此方に近づく複数の足音に気づき顔を向ける。
お日様の光を遮り新八の前に立ったのは、見た事も無い四人組だった。
共通するところと言えば、皆やけに顔が整っているという事だろうか。
「何で毎回毎回俺がお前に飯届けなきゃならねぇんだ。高校生になったんなら自分で飯くらい用意しやがれ」
「兄ちゃん冷てぇ事言うなよぉ〜」
「こういう時ばっか気持ち悪ィ呼び方すんな」
沖田にお弁当を渡した男は黒髪で切れ長の鋭い目をしており、一睨みされればチンピラが尻尾を巻いて逃げそうな雰囲気だった。
その他にも銀髪の男や三つ編みの男や眼帯をした男などがいて、なんだか奇妙な光景に新八は固まる。
そんな新八に気づいた銀髪の男は、首を軽く傾げながら口を開いた。
「総一郎君、この眼鏡の子誰?」
「総悟です。それは新八君といいましてね、この学校初の奨学生でさァ」
「へぇー君が」
三つ編みの男が笑みを絶やさずに呟く。
眼帯の男は特に興味がないのか新八に目を向ける事無く空を見ていた。
「あ…あの、沖田さん。この人達は…?」
「ん?さっき言いやしたでしょう。3年生には気を付けろって。その3年生でさァ」
「何サラッととんでもねぇ事暴露してんですか!何この展開!」
目の前にいるのが3年生なら、今朝の沖田の忠告は何だったのだろう。
だが新八の心配とは裏腹に、4人はそれぞれ別々の場所に散っていった。
(…あれ?)
てっきり喝上げでもされると思っていただけに、新八は拍子抜けする。
もしかして沖田にからかわれたのかと横を向くと、いつの間にか新八のお弁当を食べていた。
「ちょっとオォォォ!何当たり前のように食べてるんですかアァァ!!」
「地味な味だねィ」
「しかもダメ出し!?」
慌てて取り返すも既に中身は空っぽで、所持金も少ない新八は途方に暮れる。
しかしそんな半泣きの新八に、沖田は自分の弁当箱を手渡した。
「それ食いなせェ。家のシェフが作った特製弁当でさァ」
「え、でも…これお兄さんが折角届けてくれたお弁当じゃないですか」
「俺は食い飽きてるんでねィ。それに、そんなもん食ったら病気になっちまう」
兄弟の不仲はともかく、食事が確保できたのは有り難い。
少し戸惑いながらも弁当箱の蓋を開けた。
「……」
パカリ。
何だか見てはいけない物を見た気がして新八は弁当箱の蓋を閉めた。
「あの…これ…何か黄色いんですけど」
「マヨネーズがかかってるからな」
「マヨネーズかかってるってレベルじゃないよ全部真っ黄色だもの」
シェフが作ったんじゃないのかこれ。
とても食べられそうにないお弁当を沖田に返し、お腹に手を当てる。
ぐるぐると音が鳴っていて、空腹である事を示していた。
「金持ち共め…」
新八は今日何度目か分からないため息をついた…――