捧げ物・企画

□B
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夜――何だかやけに暗くて、村もいつもより静かだった。

普段の新八なら不思議に感じただろうが、何故か頭の中が銀髪の男の事で一杯で…

幸か不幸か気づく事は無かった。


「……」

「…新八ィ、さっきからどうしたネ?怖い顔してるヨ」

「へ?…あぁごめん。今日何か変な人がいてさ…」


『変な人』という言葉を聞いた途端、神楽の眉根が寄る。


「変な人ってどんな奴ネ!?新八、ケツ掘られてないアルか!?」

「ハハ、大丈夫だよ」


心配性な神楽に苦笑いしながら、ふと時計を見る。

短針が10を指しており、神楽がいつも寝る時間を過ぎていた。


「もうこんな時間か…。神楽ちゃん、明日辛くなるから寝た方が良いよ」

「む…分かったアル…」


どこか不満そうな神楽を見送り、新八は飲みかけのお茶を飲む。

一息ついてみても、頭を占めるのは矢張りあの男だった。


(…結局名前聞けなかったし)


のらりくらり。
男は名前を知りたがる新八をからかってばかりで本当の事を教えなかった。


『その内分かる時がくるだろーよ』


そんな言葉を残して男は消えた。


「その内って…いつだっつーの」


ため息を1つ。

そろそろ自分も寝ようかと思った時、外が矢鱈と静かな事に気づいた。


「…何だろ?」


いつもこの時間は仕事終わりの大人がお酒を飲んだりするため騒がしい。

この家は酒場に割と近いので、こんなに静かな事は初めてだった。


ガタリ。
椅子から立ち上がり、ドアに向かう。

そっと開けて外を覗いた。


(…人1人歩いてない)


寝衣の上から軽くタオルを被り、一歩だけ外に出る。

――風に流れてきたこの匂いは…


(…血の匂い?)


まさか街で何かあったのだろうか。

そう思い、新八は市場の方へ走り出した。


この街は新八にとって大切な所。

街の人々も皆大好きだった。


「何かあったんだ…街で…ッ」


走る度に強くなる血の匂い。

不安ばかりが大きくなって、背中に嫌な汗が流れた。


やっと街の中心部に着いた時、新八が見たのは――


「よぉ、新八」

「お兄…さん…?」


見惚れる程綺麗だった銀髪に、紅い血をつけて笑う男だった。


「な…に、してるんですか?その血…」

「ん?あぁこれか。だってコイツ因縁つけてきたんだもん」

「たった…それだけで?」


まるで子供のように残酷な笑顔で、既に息絶えている男を見下ろす。

昼間に見た雰囲気と全然違う男を見て、新八は知らず知らずに震えていた。


「でも良かったわ。丁度迎えに行くところだったからよ」

「…え?」

「お前を」


ゆっくりと近づく男と反対に、新八は一歩一歩下がっていく。

それを暫く続ければ、軈て背中に壁が当たった。


「ぁ…」

「逃がさねぇよ、新八」

「さ、触らないで下さい!」


月明かりに照らされた男が怖くて、新八は軽くパニックになる。

そんな新八を構う事無く、男は壁に片手をついた。


「お前が欲しいんだ」


低く、よく通る声が耳元に響く。

ゾクゾクした新八を見て、男はほくそ笑んだ。


「僕…は、アンタと一緒には…行か、ない」

「…無理矢理連れてくさ」


俯いていた顔を上げて男を睨む。

それでも男は楽しそうに笑っていた。


「…良い事を教えてやる新八。…海賊ってのはな、」


男がそう言った瞬間、新八の首裏に痛みが走る。

不味いと思っても時既に遅し。


「欲しいモンは、どんな手を使ってでも手に入れるんだ…」


薄れゆく意識の中で男の声が響いた…――


***


「ねぇ船長。この子って男?女?」

「あ?どっちだって良いだろーが。手ェ出すんじゃねーぞ」


殺すから。銀時がそう言うと、言われた本人の神威は気にするでもなく笑った。


「船長が人間に興味持つなんて珍しいじゃない。俺もどんな子か興味あるな」


未だに意識の戻らない新八の頬を人差し指で突きながら神威は鼻歌を歌う。

思ったより触り心地が良くて気分が良くなった頃、バンと神威の肩に手が置かれた。


「こんな所にいやがったのか。テメェまだやる事があんだろうが」

「…やだな〜十四郎。少し休憩してただけじゃない」

「いつも休憩してる奴が抜かしてんじゃねぇよ!」


服を掴んでズルズル連れていかれる神威を見ながら銀時はため息をつき、傍らで眠る新八を見つめる。


(何でかねぇ…)


本当は銀時自身、何故新八を連れてきたのか分からなかった。

たまたま会って、背中を擦ってもらって…


(今更…人肌が恋しくなったとでも言うつもりかよ)


銀時には家族がいない。

物心がついた時には母の顔も父の顔も知らなくて、自分が誰かも分からなくて…


軈て暴力でしか自分を伝える事が出来ないようになっていた。


「…っ、ぅ…」

「!」


瞼が震え、ゆっくりと目が開かれる。

覚醒しきっていないのか、銀時を見ても反応が鈍かったが、少しすると驚いたように起き上がった。


「あ、アンタ…」

「おはよーさん。なかなか目ェ覚まさねぇから心配したんだぜ?」

「此処…は…?」


流れる香りは新八が嗅ぎ慣れた潮の香り。

だが、景色は一面の海で、何よりこの独特の揺れを感じるのは…――


「船…?」

「そ。ようこそ洞爺湖へ」

「洞爺湖?」

「この船の名前だ。ダサいとか言うなよ、必死に考えたんだからよ。ちなみに俺は、船長の坂田銀時でぇっす」


色んな事を言われすぎて新八の頭が混乱する。

海賊船…洞爺湖……坂田銀時。
そこまで考えて、新八はもう一度男を見た。


「名前…」

「…言ったろ。その内分かる時がくるって」


気になって仕方なかった名前は、ストンと新八の中に響いた。


「僕をどうするつもりですか」

「……さぁね」

「言っときますけど、家お金無いですよ」

「生憎、金には困ってねぇんだわ」

「なら何で、」


最後まで言う事は叶わなかった。

目一杯に広がった紅い瞳。


キスをされているんだと理解したのは、銀時の顔が離れてからだった。


「おー顔真っ赤。もしかして初めてなのか?」

「…〜っっ!」


バチーン!!という音が、船中に響いた。


***


「銀時が餓鬼を…ねぇ。しかも男たァ酔狂な話じゃねぇか」


煙管を銜えたまま口角を上げて笑う。

昔からの戦友が珍しい物を拾ったと聞き、高杉の興味は先程からその『拾い物』に向いていた。


「旦那が何かに執着するなんて、俺は初めて見ましたねィ」

「ま、甘いもんには昔から執着心があるがな」


基本的にこの船の乗組員は仕事を真面目にしない。

唯一真面目に業務を熟してるのは土方くらいだろう。


「高杉さんの知る旦那は誰かに執着した事ありますかィ?」

「いや…銀時は人間に対して基本的に容赦ねぇからな。こんな事今までで初めてだ」


昔の銀時を思いだし、高杉はふと空を見上げる。


「…もしかしたら、アイツも寂しいのかもしれねぇな」


煙管の紫煙が空へと消えた…――


***


「駄目だ。此方には居なかったよ」

「新八…」


その頃街では、神楽やお登勢達が新八を探していた。

神楽が朝起きた時に感じた違和感。

いつも神楽より遅く寝て、朝も神楽より早く起きて朝食を作る新八。

なので神楽の目覚ましは美味しそうな朝食の匂いだった。


それなのに、今日はそれが無くて、不審に思い新八の部屋を覗くと、其処に新八の姿は無かった。


「今日の朝、ドアに鍵かかってなかったヨ。新八が鍵かけるとこ私ちゃんと見たのに…。私が寝た後、新八外に出て、きっと何かに巻き込まれてしまったアル」

「…まさか…」


嫌な沈黙が続く。

頭には最悪の事態が浮かび、神楽は唇を噛み締めた。


「新八…帰ってきてヨ…」


お登勢が辛そうに顔を歪めた――


***


「最悪だあの人…ッ」


船長室から飛び出して、新八は抑えきれない怒りを露わにしていた。

ゴシゴシと唇を拭いながら、積んである樽を叩いたりして「あー」やら「うー」やら唸る。


…無理もない。
銀時に言われた通り、新八にとってはファーストキスなのだから。

初めては好きな人としたいと思っていたのに、こうもあっさり奪われてしまうとは。


(それも同じ男に…)


もう一度だけ樽を叩いてから新八は周りを見渡した。


(海しか見えない…)


まぁ当たり前か、そう思い、此処からどうやって帰ろうか考える。

泳ぎは得意だが、流石に大海原に飛び込む気にはなれない。しかし…


「神楽ちゃん…」


街に1人残された神楽が心配だった。

まだ14歳で働く事も難しいのに、たった1人残されたらどうなってしまうだろう。


お登勢や他の人達が何とかしてくれるかもしれないが、確証も無い。


「困ったなぁ…」

「あれ?君起きたんだ」

「!?」


突然頭上から響いた声に、新八は肩を揺らす。

勢いよく振り向くと、階段を上った先、ちょうど舵輪の辺りに男が立っていた。

…男、と言っても、新八がそう分かったのは『声』を聞いたからで、もしそれが無かったら判断出来なかっただろう。


何故なら男の見た目は新八の知る人物によく似ていたから――


「神楽…ちゃん?」


髪の色や表情から全てにおいて神楽にそっくりで、違うところと言えば髪型と体格くらいだろうか。

にこにこと笑っているが、どこか違和感を感じるような男だ。


「さっき俺が見た時はまだ寝てたからさ、起きてからは初めましてだね」

「……」


階段を軽やかに降りながら、男は新八に歩み寄る。

目の前にくると、くっつきそうな程顔を寄せた。


「ふ〜ん…眠ってた時は分からなかったけど、綺麗な目をしてるんだね」

「は…?」


間近で見た男の顔は、矢張り神楽によく似ている。

歳は恐らく神楽より上だろうが、新八より上か下かは判断がつきにくかった。


「あの…貴方は?」

「あれ?船長から聞いたりしてない?」

「…はい」


その時、急に陽射しが強くなり、新八は思わず手を翳した。

うっすら開けた目線の先、其処にあったのは信じられない物だった。


「あ…ッ」


刀のマークの旗――

それは、新八の両親を殺した海賊の印だった。


「お〜い新八〜。さっきは悪かったから機嫌直せよ」


頬に綺麗な紅葉を浮かべた銀時が船長室から顔を出す。

それを神楽によく似た男がからかったりしている様だが、新八の頭の中はそれどころではなかった。


…親の仇。

まさにその人達が目の前にいる。


「…新八?」


黙って俯いたままの新八を不思議に思い、銀時が顔を覗く。

しかし、覗き見た表情は怒りに満ちていて、意外な様子に銀時は眉根を寄せた。


「…て下さい」

「あ?」

「退いて下さい!僕は帰ります!」

「ぅお!?」


新八は銀時を押し退け、船首の方に走り出す。

海の真ん中で飛び込むなんて自殺行為だが、これ以上此処に居たくなかった。

手すりを越えて下を見ると、思ったより海の流れが早くて恐怖を感じたが、新八は意を決して飛び込んだ。


落ちる直前、銀時が目を丸めているのが目に入ったが、何かを考える間も無く新八は海に沈んだ…――

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