銀魂(パロ)

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「あ…猫…」


バイト帰りの通り道。

…と言っても、普段なら通らない薄暗い近道なんだけど――


道の先に何か黒い塊があるな〜と思いながら近づいていくと、それは怪我をした黒猫だった。



「息は…してる。良かった」


よく見れば怪我も大した事はないようで、これなら自分の家で治療しても平気だと思う。

僕は黒猫をそっと抱き上げて上着で包むと、刺激しないように帰路を急いだ…――









「…ふぅ。とりあえずはこれで大丈夫かな」


六畳一間のボロアパート。

其処に僕は暮らしていた。


幸運な事に、風呂付きで月々3万円…安いのか高いのか分からないけど。


「あ…食べられる物が無いや」


バイトを2個掛け持ち中の僕だけど、月々の生活はギリギリだった。

だから何時もギリギリまで買い出しをしなかったのだが、今日がその買い出しの日だった事を思い出す。


「…買いに行ってこよう。よく寝てるみたいだし、多分大丈夫だよね」


財布を持ち、猫を起こさないように静かに玄関へ向かう。

上着は猫の布団になっていたので我慢する事にした…――


***


「うわ…結構高いな…」


何時もは遠くの安いスーパーまで買いに行くが、今日は急いでいたので近くのコンビニで食料を買う。

だけど思いの外猫缶が高くて、自分のおかずは諦めた。


…米だけ炊いて、塩をかけて食べよう。


「385円になります」


3缶入りで400円弱。

本当はもう少し豪華なご飯を買ってあげたいけど、生憎これが限界だった。


「当分は塩ご飯だな…」


久々の痛い出費に、自分の不甲斐無さを嘆く。

学費もあるから新聞配達と飲食店だけじゃお金が間に合わないのは分かるけど、これ以上増やすと勉強する時間が無くなってしまう。

入学金を出してくれた姉さんの為にも、退学や留年だけは避けたい。


「ッわ!」


色々考えていたせいか、道を曲がった瞬間誰かと思いきりぶつかってしまった。


「痛ェ…」

「す、すみません!!」


慌てて謝ったが、時既に遅し。

運の悪い事に、ぶつかった相手は僕の同級生で学校じゃ有名な不良だった。


「志村ァ…テメェ何処に目ェ付けてんだよ」

「ごめん…い、急いでて…」


言い訳なんて何の意味も無い事は分かっているが、それでもこの最悪な状況から抜け出す方法は無いかと必死で頭を巡らせる。

…が、僕の態度が気に入らなかったのか、いきなり胸倉を掴まれた。


「ッぐ…!」


ダン!と、壁に体を押し付けられて一瞬息が詰まる。

馬鹿みたいだけど、それでも猫缶だけは両手でしっかり抱えていた。


「まぁ俺も鬼じゃねぇからよ、持ってる金渡せば許してやっても良いぜ」

「そ、…れは…ッッ」


喝上げなんて今まで何回か経験はあるけど、今回は一番最悪なタイミングだと思う。

今お金を取られたら、猫にご飯を食べさせられなくなってしまうから。


「オラオラどうすんだよ!」


なかなか答えを出さない僕に焦れたのか、相手が声を荒げる。

必然的に、胸倉を掴んでいる手も力が強くなってきた。


(もう…駄目かも…)


苦しさで視界が霞む。

猫缶を抱えていた両手にも、段々力が入らなくなってきた。


霞んだ視界の中で相手が拳を振り上げるのが見えて、僕は痛みを覚悟して目を瞑る。その時…――


「俺のマスターに手を出さないでくれないかな」

「…あぁ?」


突然響いたよく通る声に、振り上げた拳はそのままに目の前の同級生が振り返る。

其処には、オレンジ色の長い髪を三つ編みにした男が立っていた。


(チャイナ服…?)


真っ黒なチャイナ服と頭から飛び出た髪が印象的で、ニコニコと笑う姿は一見人が良さそうにも見える。

だが、それは男から溢れる程の殺気が出ていなければの話だが…


「誰だテメェ…」

「困るんだよ。その子は俺の大事なマスターなんだ。あんたみたいな下種が触れていい人じゃないのさ」

「あんだとテメェ!」


ヒュッ、と鋭い音が響いて、同級生の拳がチャイナ服の男に向かっていく。

僕はそれを止めたくても、やっと胸倉を放された事で咳込んでしまい、動く事が出来なかった。


(マスター…?その子…って、僕…?)


たった今男に言われた言葉を頭で反芻してみるが、とてもじゃないが理解出来そうにない。

大体、男の事も知らないし…


「ぐあッ!」


派手な音を立てて同級生が倒れる。

…どうやら気絶しているようで、ピクリとも動かない。


チャイナ服の男を見てみれば、怪我をしている様子も無く涼しい顔をしていた。


「何だ、こんなもんなんだ。もっと強いと思ったのにな」

「……」


倒れた相手に興味は無いのか、男は僕に近づいてくる。

まさか自分まで殴る気なんではないかと思い、先程と同じ様に目を固く瞑った。


「怪我してない?」


でも、僕は殴られる事は無く、頬を優しく撫でられるだけで済んだ。


「あ…の…」

「起きたら君の部屋に居て、誰が助けてくれたのか気になったから気配を追ってきたんだ。俺は自分に触れた者の気配を感じる事が出来るから」


さっきからマスターといい気配といい、男の言っている事が今一理解出来ない。

ただ、先程とは違い殺気を感じなかったので、幾分か力を抜く事は出来た。


「貴方は…誰なんですか?起きたら僕の部屋に居たって…」

「ん?あぁそっか」


僕の質問の意図を理解したのか、男は徐に立ち上がると急に体が光りだした。

その光りが小さくなったかと思うと、先程治療をした黒猫が現れる。


「さ、さっきの黒猫!」

「黒猫じゃないよ、名前は神威。一応これでも悪魔の類いなんだけど」

「悪……ッ!?」


悪魔を助けたのか僕は!?それって良かったの!?


「悪魔は意外と忠実なんだよ。そして、恩は一生忘れない」

「恩……」

「君は俺を助けた。つまり君は俺のマスターだ」


何で助けただけでマスターになるのか分からない。

悪魔が人間を助けるなんて、どんな本でも見た事無いけど…


「俺は今修行中なんだよ。人間界でマスターを見つけ、己を鍛えて帰還する…それが俺に課せられた任務なんだ」

「ぼ、僕にマスターなんて無理です!もっと適任が…」

「自分のマスターは自分で決める。残念ながら、君に拒否権は無いよ」


この人僕に優しいのか優しくないのかどっちなんだ。

悪魔のマスターなんて、不安以外の何物でもないけど…


(でも…助けてもらったのは事実だし…)


未だに目の前でニコニコと笑う男に、何だかどうでもよくなってきた。


「僕…貧乏ですよ」

「食料くらい、手下の堕天使使って何とかするよ」


今日から宜しくね、マスター。

そう言った男…神威さんは、僕の手の甲に口づけた…――

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