銀魂(原作)
□それは狂気にも似た*
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「38度5分…こりゃ完璧に風邪ですねィ…」
「うぅ…頭痛い…」
「安心しなせェ新八くん。俺が付きっ切りで看病してあげますぜィ」
「…それが一番不安なんですけど」
まだまだ寒い時季が続く12月…―
僕は久しぶりに風邪を引いて寝込んでいた。
元々あまり風邪には縁が無くて、しかも万事屋に来てからは頗る健康体だったから油断していたんだと思う。
少し咳込む感じがすると思ったのが2日前。
喉が痛いと思ったのが1日前…――
そして今日、見事に熱を出してしまったのだ。
不安から沖田さんに思わず電話してしまった僕は、いざ沖田さんが電話に出ると言葉に詰まってしまった。
どういう縁か、気づいたら恋人同士だった僕達。
だが、男同士という事もあり、僕はあまり沖田さんに甘えないようにしていた。
困らせたくないし、何より嫌われたくない。
我慢なら得意だったから、特に支障は無く順調に交際を進めてきた。
だが、熱が出ると人肌が恋しくなるのか…気づいたらこの有様で…
『具合、悪いんですかィ?』
僕の電話に出た沖田さんの第一声。
何かを伝えた訳でもないのに、僕の事は数秒でばれてしまったのだ。
(こういう時、愛されてるって感じるなぁ…)
電話を切った30分後に、両手一杯の果物を抱えて万事屋に来た沖田さん。
驚いている僕に沖田さんは、何時もより幾分か柔らかい笑顔で「安売りしてたんでィ」と言ってきて…
「新八くん、何か食べやすかィ?」
「いえ、今は良いです…」
普段ドSで有名な沖田さんだけど、実は照れ屋で優しい事を知っている。
不器用だから、敵が増える事も多くて…――
「沖田さん…僕は1人でも大丈夫ですから、お仕事に戻って下さい…」
「大丈夫でさァ。仕事は土方さんに押し付けてきやしたから。それに、こういう時は素直に甘えるモンですぜィ」
「でも…」
迷惑はかけたくないんです…――
そう呟くと、沖田さんは僕を無言で見つめてきた。
…これだけ整っている顔に見つめられると少し困る。
「新八」
「は、はい?」
初めて呼び捨てで呼ばれて反応が鈍る。
「俺には甘えられませんかィ」
「…え?」
沖田さんが下を向いて静かに呟く。
その表情は、前髪に隠れてしまって見えなかった。
「旦那には甘えられても、俺には甘えないんですかィ」
「銀さん…ですか?」
「俺ァ偶に、旦那が腹立だしいと思う事がある」
「…沖田さんが?」
意外だと思う。普段、あまり感情を表に出さないから。
沖田さんでも、そんな風に思う事あるんだ…
「一番近くに居て、当たり前の様にお前さんの隣に居る旦那が、いつか新八を掻っ攫っていくんじゃねェかって…不安になる事もありまさァ」
「縛って、閉じ込めて、俺のものだって印を付けて、そうしてずっと傍に置いておきたい」
「俺以外に会わせず、俺以外の声を聞かせず、俺以外に触れさせない」
「俺が怖いと思いますかィ?」
俯いていた顔を上げ、今度は僕の目を見て話す。
その目が凄く真剣で、嘘は言っていないんだと分かった。
何度も言うが、沖田さんは普段感情を表に出さない。だからこんな風に言われたのは初めてで…――
「お、沖田さん…僕…熱で頭やられたかもしれないです…」
沖田さんの言葉に、こんなに喜んでいる自分がいる。
誰かに求められて歓喜に奮える日が来るなんて思わなかった。
「沖田さんは…僕のものになってくれるんですか?」
そう言うと沖田さんは、妖艶な笑みを浮かべながら寝ている僕の耳元にそっと呟いた。
「俺は一生、新八のものでさァ」
頼んだって、離れてあげませんぜィ――静かに、しかし少しばかりの狂気を含みながら言われた言葉に、また熱が上がったような気がする。
誰かに縛られるのは嫌いなタイプの筈なのに、僕の傍に居てくれて…
風邪を引くと人肌が恋しくなるから、今の僕には余計に嬉しかった。
「俺とお前さんは、もう離れるには遅すぎまさァ」
この人の不敵な笑みにときめいてしまう僕は、きっともう手遅れなのだろう。
「さて、そろそろ看病らしい事するとしようかねィ」
「え?」
「体拭いてあげますぜィ」
汗かいてんだろィ、そう言って僕のパジャマ代わりの甚平に手を伸ばす沖田さん。
僕はと言うと、一瞬沖田さんの言っている事が理解できず反応が遅れてしまったが、すぐに慌てて甚平の合わせ目を押さえる。
「い、良いです!汗かいてませんから!!」
「遠慮はいりやせん。冷えて風邪が酷くなったらマズイだろィ」
そう言われたのが最後、沖田さんは器用に暴れる僕を押さえ込み、あっという間に甚平の上を脱がしてしまった。
流石に下は脱がされなかったが、押さえ込まれて上半身裸という何とも奇妙な光景が出来上がる。
「…あの、拭くなら早く拭いてくれませんか?」
「まぁまぁ、そう慌てなくても大丈夫でさァ」
ゆっくりと、タオルを僕の体に当てられる。
そのまま静かに体を拭かれ、てっきり何かされると身構えていた僕は拍子抜けしてしまった。
(…何だ。ちゃんと拭いてくれるんだ)
すっかり安心した僕は、きっとそれが顔に出ていたのだろう…
不意に、沖田さんがニヤンと笑った。
(え…)
この笑い方…激しく嫌な予感しかしない。同じなんだ…あの笑みと――
浮かんだのはあの人の顔。
悪知恵だけは誰にも負けない自分の上司…――
(銀さんと同じだ)
僕は顔が青ざめるのを感じた。
こういう笑い方をされた後は絶対碌な事がない。
とは言え、高熱のある体はそこまで自由に動いてくれそうになかった。
「緊張してますねェ…少し震えてますぜィ」
リラックスさせてあげやしょうか?そう言うと、沖田さんはタオルの上から僕のち、乳く…え、えぇ!?
「ぁ、やっ…ちょ、何処触って、やァあん!!」
「良い声出るじゃねェですかィ」
何故か嬉しそうな沖田さんは、更に空いた手で腹や脇腹などを意味ありげに触りだす。
油断すればズボンまで下がってきそうな手つきに、熱と愛撫に浮かされた頭で必死に考えた。
(っ…これって…マズイんじゃ…)
今日急に熱を出した僕は、本当は3人で行く筈だった依頼を急遽休んだ。
そのため銀さんと神楽ちゃんは、僕の分まで依頼を熟す事になったのできっと帰りは遅いと思う。
だけど、いつ帰って来るか定かではないこの状況で事に及ぶ訳にはいかない。
特に神楽ちゃんは、沖田さんと顔を合わせれば命懸けの喧嘩をする仲で、万が一鉢合わせになれば修羅場どころの話じゃなくなる。ここは何とか阻止しないと…
「ぁ、沖、田…さん、誰か、来たら…ゃ、あ、んんッ!」
でも、沖田さんは止めようとする僕に構わず、あろう事か乳首に思いきり吸い付いてきた。
「ちょ、何考えて、ぁうッッ」
「何時になったら、総悟って呼んでくれるんですかィ」
「…え?」
急に言われた一言は、小さい声ではあったけど…僕の心にズシンと響いた。
しかし、深く考える前に沖田さんは再び体の色んな所吸い付いてきて、僕の思考は停止する。
「やぁッ、ん…ひあ!」
「ほら…沢山花が咲きましたぜ?」
俺のものだって印でさァ、そう言いながら沖田さんは、その印1つ1つを指でなぞっていく。
それだけでも、風邪を引いて敏感になった僕には甘い刺激になった。
「ッん…」
「あんま無防備にしなさんな…いつ誰に食われるか分かりませんぜィ。ま、誰にも譲るつもりは無いですがねィ」
やっと顔を上げた沖田さんは、何時もの何を考えているか分からない表情に戻っていた。
そして甚平の上を僕に着させると、ニヤリと笑って呟く。
「風邪が治ったら、今度は途中で止めてなんかやりませんぜィ」
「!!」
瞬時に熱とは別の理由で赤くなった僕の顔を見た沖田さんは、満足そうに笑った…――
***
「…で?何で総一郎君が居るのかなぁ」
「新八から離れるネこのドS!」
「静にして下せェ。今やっと眠ったんですからねィ」
万事屋3人でやる筈だった依頼を急遽2人で熟してクタクタになって帰ると、其処には何故か総一郎君が居た。
折角新八の為にと神楽と2人で買った桃缶も、目の前の人物の登場のお陰で幾分か重さが増した気がする。
近くに居ながら新八の体調不良に気づいてやれなかった悔しさが、コイツを見たら倍増した。
「今朝新八くんから連絡がありましてねィ…心配になって来たんでさァ」
「嘘アル!新八がお前なんかに助けを求める筈無いネ!」
「世の中には、信じられなくても事実って事もあるんだぜィチャイナ。苦しい時、人は無意識に一番大切な存在に助けを求めるもんなんでさァ」
あんだとー!!と今にも飛び掛かりそうな勢いの神楽を、襟首の服を掴んで止める。
非難の目を向けられたがこの際無視だ。
「総一郎君の言い分は分かったから仕事に戻れよ。多串君が血眼になって探してたぜ?今だったら十分の九殺しで勘弁してくれると思うからよ」
それ殆ど死んでますぜィ、そう呟く総一郎君にシッシと手を払う。
新八には悪いが神楽と此処で喧嘩されたら厄介だ。修理代がかかると困るし。
「旦那ァ、今度改めて挨拶に来まさァ。その時は追い返さないで下さいね」
「…は?挨拶?」
「"新八くんをください"って、ちゃんと言いに来ますぜィ」
この一言が原因となり、結局神楽の堪忍袋の緒が切れた。
俺はと言うと、止めようとしてとばっちりを食らったり、何故か定春に噛まれたりとある意味一番被害を被る事になったのだった…――