銀魂(原作)

□B
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これ以上近づく訳にはいかなかった。

…だから、これは丁度良いタイミングだったんだ…









「遠方に出張だと?」

「あぁ。急な話でトシには悪いんだが、攘夷派の目撃情報があってな。しかも、それがどうやら高杉と繋がりのある奴等らしいんだ」


町内の見回りが終わって屯所に戻ると、何やら近藤さんが真面目な顔で話し掛けてきた。
何時もと違い、どこか急いだような面持ちに、何となく嫌な予感がして…

話を聞いてみれば、予感が当たったのか何とも嫌な任務だった。


喧嘩は好きだ。敵を切る事にも抵抗は無い。

だがどうしたものか…頭にはここ最近、随分一緒に居る機会が増えた少年の顔がちらついた。


(…良い機会じゃねぇか)


元々、誰か1人に執着し過ぎるなんて自分らしくない。

あの少年だって、きっとそのうち可愛らしい女と恋をするだろう。


(だから、きっと気のせいだ)


――…こんな胸の痛みなんて…


***


「新八ぃ、酢コンブ切れたから買ってきてヨ」

「え?もう無いの?一昨日買ってあげたでしょ?」

「過去の奴らに未練なんて無いネ」

「いや意味分かんねーよ。何ちょっと過去の男っぽく言ってんの」


買い物に行く準備をしていたら、慌ててやって来た神楽。
何かと思えば、ついこの前に買った酢コンブがもう無いのだと言う。

個々は高くなくても、塵も積もれば山となる。出来ればもう少し味わって食べてもらいたい…


「…ハァ。じゃぁ今回は買ってくるけど、次はちゃんと味わって食べてね?神楽ちゃんだって、万事屋の経済状況を知らない訳じゃないでしょう?」

「それもこれも、甲斐性無しの銀ちゃんが悪いアル」

「悪かったなァ甲斐性無しで」

「居たアルか銀ちゃん」


気づくと、神楽ちゃんの後ろに銀時が居た。

…と言っても、神楽ちゃんと向き合う形で立っていた僕には見えていたんだけど…


「銀ちゃん、あんまり甲斐性無しだと新八に逃げられちゃうアルヨ」

「い、いやぁ大丈夫だって。そこら辺は強い絆があるし…な?」

「え?…はぁ…まぁ…?」


甲斐性無しや逃げられるなど、最早夫婦の様な会話が飛び交う。だが、僕は特に気にしなくなった。

と言うのも、ここ最近の万事屋ではこう言った会話が多いのだ。


「じゃぁ僕買い物に行ってきますね。今日の食事当番は銀さんだから、逃げないで下さいよ」

「へいへい。分ぁってるよ」


ドアを開けて外に出ると、嫌になるくらい良い天気だった。

…僕の気持ちとは正反対だと思う。


(最近、会ってないな…)


思い出すのは切れ長の瞳。

煙草とマヨネーズが無いと生きていけなくて、でも僕と居る時は極力煙草を吸わない様にしてくれている事を知っている。

不器用だから、あまりあの人の優しさに気がつく人は少なくて…勿体ないなと何時も思う。


「あれ?新八君?」

「あ、山崎さん。お久しぶりですね」


いつの間にか俯いていた顔を上げれば、其処には山崎さんが居た。

何かとキャラの濃い人達の集うかぶき町で、僕と山崎さんは地味で陰が薄くなりがちで。

お互い上司に苦労していると言う共通点もあって、仲良くなるのに時間は掛からなかった。


「買い物?」

「はい。山崎さんは見回りですか?」

「うん。今副長が居ないから、帰ってくるまで俺が代わりに見回りするんだ」

「…え?」


副長…って、土方さんの事だよね?居ない、って…?


「あ、あの、土方さん今居ないんですか?」

「え?うん。今局長と副長と沖田隊長達で、遠方に出張に行ってるんだ。帰る日も今のところ未定なんだよね」


…初めて聞いた。
確か最後に土方さんに会ったのは、5日前くらいだったと思う。

…その時、何も言ってなかったし、土方さん自身も何時もと一緒だった。


(これが…あの人との距離か…)


もしかしたら、僕は期待し過ぎたのかもしれない。

心の何処かで、あの人の特別になれるんじゃないかって…馬鹿だな、僕。


「副長と言えばさぁ、最近雰囲気が変わったんだよね。何か柔らかくなったと言うか…」

「へぇ…そうなんですか?」

「今屯所中で話題だよ。あの鬼の副長が恋をしたって」

「…え?」


恋…?鯉…じゃなくて、恋?

――土方さんが…恋をしてる?


(…そっか)


ここは素直に喜ばないと。
次会った時に、おめでとうございますって、…笑顔で、言える…かな…

あ、でも、まだ結ばれた訳じゃないのかな。片思いとか?

…だとしたら、おめでとうございますは変だよね…


「…新八君?」

「…ぁ、え?」

「大丈夫?顔色悪いよ?」


気がつくと、山崎さんが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。

ポーカーフェイスって、意外と難しいんだな…


「えと、大丈夫ですよ。暑いからバテ気味なんです」


必死に笑顔を浮かべてごまかせば、山崎さんは納得してくれた様だった。


「確かに毎日暑いよね。俺もいい加減、長袖の隊服にはうんざりだもん」


そう言った山崎さんは、時計を見ると慌てた様子で僕に別れを告げた。

でも僕は、山崎さんが居なくなった後も暫くその場から動く事が出来なかった…――

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