捧げ物・企画A
□G
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「…少し歩くか」
こうして部屋にいても時間がただ過ぎていくばかりで、些か勿体無い気もする。
それに、少し新鮮な空気を吸いたくなり、荷物を持って外に出た。
都心から離れているからか、余計な雑音や煩わしい人の波も無い。
限りなく静かなこの場所は、今の自分を落ち着かせた。
「今の所に居られるのは三日後までか…」
かと言って、ただ転々と色んな所へ行っているばかりじゃ長くは持たないし、スザクにも見つかる可能性がある。
「……」
通帳を開く。
財布の中は空に近いが、銀行に行けばまだ貯金はある。
――…だが、
(これは…スザクとの将来の為に貯めていた金だ)
少しでも安定した未来を過ごせるように、株で貯めたお金。
でも今となっては、そんな事を望む事が図々しかったのかもしれない。
男同士で、スザクの子供を産む事も出来ない身体。
そんな自分が、ずっと側にいる事など許されるわけがなかったんだ。
「…ん?」
ポケットから感じた揺れ。
ケータイが着信を告げるもので一瞬焦ったが、ディスプレイには見覚えの無い番号が表示されていた。
「…もしもし?」
とりあえず出てみると先程チェックインした宿からで、そう言えば先程手続きをした時に電話番号を書いていた事を思い出す。
『実は、今お客様をお探しの方がお見えになっていまして、個人情報なのでご本人にお聞きしてからその方にお伝えしようと思ってお待ちいただいているんです』
―――枢木スザク様と仰る方なんですが、いかがなさいますか?
「……え…スザク、が…?」
何でとかどうしてとか、感じた事は沢山あった。
なのに…
(最低だ…)
一番感じた感情が、喜びだったなんて…――
結局俺は、何だかんだ言い訳してもスザクを求めているんだ。
その事実にどうしようもなく情けなくなって、会話の途中だというのに電話を切ってしまった。
「…っ」
悔しい。俺はまだこんなにも弱い。
両親が亡くなって、もう一人にはなりたくなくて。
だからこそ、大事な者などいらないと…もうつくるものかと思っていた。
…結局、その決意など簡単に消えてしまったが。
スザクは、驚くほど自然に心の中へ入ってきた。
人を拒絶していた事実さえ、忘れさせるかのように。
そうして気づいた時には、隣にスザクが立っていた。
…何だか鼻の奥がツンとする。
二十歳過ぎて泣くなんて、どこまでも自分に嫌気が差す。
(此所にも、もういられないな…)
荷物を持って出てきて良かった…このまま駅へ向かい、別の場所に行こう。
再び鳴り出したケータイをそのままに、俺は駅へ向かった。
***
「懐かしいですか?」
「ええ…とても」
ライが子供時代を過ごした場所。
残念ながら孤児院は無くなってしまっていたが、それでも空気は以前と変わらぬものを感じた。
穏やかで、どこか優しい。
「すみませんお嬢様…本当は、知っていたんです。此所にもう孤児院が無い事を」
「え…?なら」
どうして、そう続く筈だった言葉は、しかしライの穏やかな笑みに出る事は無かった。
「私も…覚悟を決めたかったので」
「ライ…」
孤児だった自分を引き取ってくれた場所に、これから反抗しなければいけない。
ライは自分の原点である此所に来て、勇気を貰いたかった。
「私は…自分で思っていた以上に、貴女の事をお慕いしているようです」
お陰でまだ少し頑張れますと、ライは笑った。
***
運動がどちらかと言えば苦手な自分が、よく駅まで止まらずに走ってこれたと思う。
道中ずっと携帯が着信を知らせていて、その度に泣きたくなった。
「はっ…、は、ぁ…ッ」
呼吸が苦しい。
走ったからというのもあるが、もう一つ、厄介な理由があった。
(こんな…、時、に…ッ)
スザクに話した事は無いが、昔からストレスが原因で過呼吸に襲われる事があった。
大人になるにつれ回数も減り、ここ数年は全く症状が出なかったので治ったものだと思っていたのに。
物凄く苦しいのに、絶対に死ねないのが過呼吸だ。
手足が痺れて、立っている事も儘ならず壁に背中を預けたままずるずると崩れ落ちた。
(もう…嫌だ…)
その時、ケータイが再び着信を告げた。
きっとまた旅館からだと思って見たディスプレイには、この前話したばかりの友人の名前が表示されていた。
「、カ…レン…?」
『そうだけど…もしかして具合悪いの?』
「カレ、ン…頼む……」
ああ、もう全てが
「た、す…けて…くれ…ッッ」
滅茶苦茶だ…―――