短編・中編


□泣き虫な彼
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「っ…せん、ぱ…?」

顔が触れ合いそうな程近くにある真っ赤な女子の顔と、その向こうに見える傷付いた表情の柊。

あ、と思った時には、遅かった。


その場を一目散に逃げ出す柊を見て俺は、また逃げられる、と思い、女子を置いて慌てて追い掛ける。女子の方は、用は済ませたから大丈夫だろう。

「っ柊…!」

しかし彼の方が足が長いし、運動なんかしない俺なんかが簡単に追い付ける筈もなく。
ちょうど通り掛かった彼の友人に捕まえてもらった。

「っ…離して…って…っ」

「一ノ瀬先輩、どうしたんすか?柊と追いかけっこなんかして。また前みたいにぶちゅっと…いだっ」

「ち、違うよ…っ」

暴れる柊を押さえ付ける彼がニヤニヤと笑いながら告げた言葉に、柊は真っ赤になりながら頭を叩いている。
無意識に溜め息を溢してしまいながら、柊、と静かに名を呼ぶと彼はピタリと抵抗を止めた。

「ってぇ…ま、一ノ瀬先輩、柊を泣かせたら承知しませんよー」

柊の友人はそう言い残し、叩かれた頭を擦りながら軽く手を振って去っていく。
…毎回、軽いことで泣く柊をどうやって泣かせずにいれば良いのか、俺には分からないんだけど。

「…柊、あのな、」

「先輩、あの子と何してたんですか」

とにかく柊に弁解しようとするも、それは柊に遮られた。
それについて答えようと再び口を開くものの、また遮られる。…彼の唇で。

「ン…っ、」

押し付けられた柔らかい感触に、カァ、と耳が熱くなる。
すぐに離れた彼の顔を見上げると、頬を染めながらも泣きそうな顔をしていた。
…いや、泣いていた。

不意に落ちた透明な雫に目を瞬かせて彼を見つめる。

「先輩は…っ誰とでもするんですか、こんなこと…っ」

「ッ柊、違う。聞け」

「…っ」

思った通りのとんでもない勘違いをしていた彼に冷静に声を掛ける。
柊は目尻に浮かぶ涙をセーターの裾で拭いながら、俺を見下ろしてきた。
それを見て一度息を小さく吐いてから口を開く。

「…さっきの女子の顔に、俺が持っていた本が滑り落ちちゃったんだよ」

「…え、」

「それで、額真っ赤になってるし、目も痛いって言うから、本についていたゴミでも入ったのかと見てやってただけ」

「え…っ」

淡々と先程の状況を説明してやると柊の顔が驚愕に染まる。
キスなんかしてない、と止めを刺してやると、彼は顔を真っ赤にしつつポロポロと更に泣き出した。

「っ…よかっ…ごめんなさい…っ」

「ッ、…たく、」

安心したように笑っては申し訳なさそうに謝って、俺に抱きついてくる柊の背中をあやすように軽く撫でてやる。
…この震える背中を撫でたのは、何度目だろうか。

「ふぇ…っ先輩ぃ…ッ」

「…泣くなって」


好きな人を泣かせるのも、泣かれるのも嫌だ。
…でも、いつも先手を突いてくる彼の優位に立てるこの瞬間は、嫌いになれない。






泣き虫な彼

──…泣き虫な彼が、可愛くて、とてつもなく愛しく感じる瞬間。




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