短編・中編
□きっかけは失恋でした。
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帰り道、二人で会話をしながら歩く。俺ばかりが話している気がしない訳でもないけど、先輩が相槌を打ってくれているだけで嬉しい。
不意に、思い出したような表情をした先輩が問掛けてきた。
「…そういえば、朝霞は何で俺を好きなんだ?面識もないのに」
「…一目惚れ、です」
やはり覚えていないか、と思いながら俺は答える。
あれは、つい一ヶ月ほど前の入学式の事───…
俺は、入学式が始まるまでの時間、校舎の周りだけでも頭に入れようと散歩していた。
『…ここがアリーナ…道場…』
その時の俺はこれからの高校生活が楽しみで、浮かれていたんだと思う。
気付いたら、思いきり迷ってしまっていた。
周りには林と噴水のある広場があるだけ。高校見学の時には来なかった場所だ。
あと十分程で入学式が始まってしまう、焦りと不安で泣きそうになっていた。
『ど、どうしよう…』
『──お前、新入生か?』
不意に背後から声が聞こえて、俺は振り返る。そこには先輩であろう男子生徒が立っていた。
低くも高くもない心地の良い声、俺より少しだけ低い背、綺麗だけど気の強そうな瞳。その全てに、一瞬で心を掴まれた。
『は、はい…っ…あの、迷ってしまって…!』
『迷子か…仕方ない、講堂まで連れていってやるよ、俺も行かなきゃならないし。…行くぞ』
『はい…っ、あの…ありがとうございます!』
微かに目元が濡れていたのを指先で拭いながら頷くと、小さく溜め息を吐きながらも先輩はアリーナへと向かって足を進める。
俺は嬉しさに微かに上がる口角を無視して、意外と細いその背中を追った。
それが、一ノ瀬先輩である。
たったこれだけの事だけど、すぐに俺はこれが恋だと理解した。
恋は性別をも越えるのか、と感心しながらこの一ヶ月は、友人と共に先輩の情報を得ていた。
昼休みと放課後は必ず図書室にいるとか、もやしたっぷりの醤油ラーメンが好きとか、一人でのんびりするのが好きとか。
先輩を知る度に更に好きになっていく自分がいる。
友人に言われて憧れではなく、恋愛感情だということの確認もした。…その…せ、先輩で抜いちゃった、とか…い、一回しかしてないけど!
「何赤くなってんの?お前」
「ぅひゃあ!せ、先輩っ」
「大丈夫か?」
いつの間にかトリップしていたようで、倣ける俺を心配したような声色で覗き込んできた先輩に思わず飛び退いてしまった。
最後に自分で言い訳していた内容に、顔が凄く熱い。
──俺ってば変態じゃないか…!