短編・中編
□きっかけは失恋でした。
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昼休み、俺は弁当を食べてから先輩がいるであろう図書室へと向かう。
──あ、いた。
図書室を覗けば先輩の定位置、窓際の本棚に今日も軽く腰掛けて本を読んでいた。
「せっ…先輩、こんにちは」
思わず大声で呼び駆け寄りそうになるが、慌てて声を抑えて静かに歩み寄る。
本へと落とされていた目がこちらを真っ直ぐに捉えて、俺の心臓が僅かに跳ねた。
一瞬目を瞬かせてから、一ノ瀬先輩はふ、と小さく笑みを浮かべる。
「なんだ朝霞、お前も本を読むのか」
「え。あ、えっと…はい」
まさか先輩と会う為だけに来ました、なんて言えない。だって前にそういう先輩の友達が来て、一ノ瀬先輩は容赦なく追い出していたのだから。
多分、本を読むのを邪魔されたくないんだと思う。
俺は嘘を吐いた事を心の中で謝りながら、適当な本を手に取って先輩のいる窓際の椅子に腰掛けた。
その際、椅子がテーブルにぶつかってしまい、静かな図書室に音が異様に大きく響いて、俺は肩を跳ねさせる。
「ッ、」
──煩くしちゃった、マズイ!
なんて思いながら恐る恐る一ノ瀬先輩の様子を窺うと気にした風もなく、再び本へと目を落としていた。思わず安堵の息が溢れる。
普段図書室に滅多に来ない俺は、静けさを邪魔する境界がいまいち良く分からない。
といっても、ぶつかる音は不可抗力だから仕方ないといえば仕方ないのだけれど。
「…お前にしては、随分難しそうなの読むんだな。意外」
「へっ?」
突然の先輩の言葉に思わず声が裏返る。
またマズイ、と口元を抑えるが、先輩の声の音量が普段と変わらないのに気付くとまた吐息が溢れた。
それから改めて自分の取った本の題名を見る。適当に取ったから、俺はどんなのか分かっていない。
“罪と罰”
…どうやら引いたのはハズレくじだったようだ。
中身をペラペラと捲ってみたが、全く内容が頭に入ってこない。
「…本、間違えました…」
「ふっ…だよな、朝霞ってそういうの読まなそう」
馬鹿にされるのを承知で立ち上がると、先輩がおかしそうに小さく笑った。
また、こんな近くで笑顔が見られた。俺は嬉しくて、頬が緩むのを抑えられない。
分厚い本で口元を隠しながら、今度はちゃんと読めそうな本を探し始めた。