日和

□煩い煩い
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「あああああ煩い煩い毎日聞かされるこっちの身にもなれアホぉぉおお」
「毎日毎日煩いです太子」

相変わらず全く仕事をしない皇太子を咎める部下。何とも不思議な光景だが、妹子の方はこれが日課となってきている。哀しいから認めはしないが。

「だってさ、煩いんだよ。息する音も歩く音も断末魔も全部さあ!」
「僕に訴えないで下さいよ…
  ていうか、そんなに嫌なら耳栓でもしとけば良いんじゃないですか?それか何も聞こえないくらいに仕事に集中するとか会議に出るとか」
「お前は私を何だと思ってるんだ…」
「プー太郎」
「おまぁっ!!」

何時も通り真横でぎゃあぎゃあと騒ぐ上司を軽く睨みながら、アンタが一番うるせぇよと思いながら溜息を吐いた。



豊聡耳、と彼は呼ばれている。
十人の話を聞けるとか如何にも「嘘です」、みたいな噂がたったりしたが、大分前にそれは流石に無理だと分かった。
ていうか、人間なら無理だろ。そう思っていた小野を暫く「この人大丈夫かな」と心配させる様な発言を、彼がこの間したのだ。

『ずーーーーーっと遠く、ほんとに遠い所で人が物を飲み込んだ音、馬の蹄の音、誰かが剣を抜く金属と金属の擦れた様な音もはっきり聞こえるぞ。私にはな』

今までそれが普通で、皆この煩いのを我慢しているんだと思っていたのに、それが普通では無い、自分だけだと分かった瞬間今まで聞いていた音が異常に大きく聞こえ、耐えられなくなったと言う。それを本人から聞いた時には「火の無い所に煙はたたない」とか、「早く医者を呼べ」って言う言葉が頭の中でずっと行き来していた。
それでも、毎日のように自分の執務室まで飽きず通い、「構え構え構ってくれよおぉぉぉぉぁぁああああうるせえお前らあああ」と叫んでいるので、慣れてきた。

その叫びを聞くたび、自分の叫び声の方が煩いんじゃないかと思うが、「雑音より自分の声のがマシ」と返ってくる。分からないでもないが、そんな遠くの音まではっきり聞こえるのに自分がそんなデカい声を出していたら、鼓膜とかあっさり破けてしまうのではと不思議に思う。



彼が幼い時川で溺れていたのを助けたと言う彼の友人、フィッシュ竹中さんが来ると、彼は必ず耳を塞ぐ。

「やあ太子。昨日はちゃんと寝たかい?」

まただ。また耳を塞ぐ。
如何してだ。何度も問うた事がある。それでも彼は明確な答えを返してくれなかった。何て言えば良いか分からないとか、竹中さんの声は特別ってか異常だからとか変に誤魔化してくる。

「いや、昨日は一日中妹子に見張られててさ、溜まってた仕事が終わるまで斑鳩には返しませんとか言っちゃって。
  もう朝廷が閉まっても返してくんなくて、調子丸君が帰っちゃったからどうせ今日は帰れないでしょう、だったら泊まって死ぬ気で終わらして下さいとか言いだしてさあ、寝たの日の出の直前だよ?酷いよねぇ全くさああ」
「何言ってんですか。僕だって最後まで付き合ってやったでしょう?上司の不始末だって言うのに朝まで起きてたんですからね」
「…………」
「…あの、聞いてますか?クソ太子」
「くそ言うな。
  うん、聞き惚れてた。やっぱり君の声は良いよ、妹男…違った妹子」
「滅べばいいのに」
「いや今褒めたのに!!
  妹子の声は竹中さんとは全然違う。低くて落ち着いてて耳障りじゃない。良い声だなぁ羨ましい」

訳が分からない。自分と竹中さんの声の何処が違うのか、全然分からない。
何言ってんだこいつ、って言う顔を隠さないでいたら、見兼ねた様に太子が口を開く。

「竹中さんはね、煩いの」
「酷いなぁ太子。私だって好きでこうなったんじゃ無いのに。向こうが自然と寄って来るんだよ?」
「分かってるんだけど、竹中さんが近くに居るだけでそいつ等の話し声が聴こえてくるから堪ったもんじゃない」

顔を見合せて苦笑いする二人を見、更に訳が分からなくなった。何を、言ってるんだ。そいつらって?


「竹中さんの周りに、成仏できないまま現世に留まり続けて魂が既に「人」でなくなってしまっている、閻魔とか鬼男とかに浄化してもらわなきゃ転生できないって言う状態に陥っちゃったお化けがいっぱい居るんだよね」


一瞬、その言葉が理解できなくて呆然とした。
やっと少しずつ意味を理解し出して、太子の言葉を否定しようとして考えをまとめ出した頃、また太子が口を開く。

「その人…いや、その魂達の嘆きみたいなものも全部聴こえてくるからさあ、竹中さんが近くに居ると煩いの。竹中さんが煩いんじゃなくて、その魂達がな。
  今度閻魔に会った時言おうかと思ってるんだけど、多分それだと竹中さんごとあの世逝きにされちゃうかも知れないからなぁ…。
  あ、言っとくけど竹中さんは別に亡霊じゃないぞ?限りなく妖怪に近い類の力を持ってる神様みたいな、悪とも善ともつかない不思議な生き物でー」
「や、あの、別にその辺は良いです、まだ」

これ以上聞いたら、頭がおかしくなる。
今の時点でも、まだ全然頭が付いて来ていないのだ。さっきの太子の言葉が右から左へ流れていってしまって、何と言われていたか思い出すかの様に必死にさっきの響きを頭の中で何度も再生させる。意味が、完璧に把握できない。亡霊、が、着き纏ってるって、どんな状態だ。

結局、何時までも頭の整理が付かないまま、その日が終わった。
何時までも、転生できない。それは一体どんな感覚なのだろう。
見飽きた現世に何時までも残り続けると言う事は、何時までも同じ景色を見、聞き飽きた響きが何時までも耳の中で木霊する、と言う事なのだろう。そんなものにずっと縛り付けられていては、気が可笑しくなるのではないか。

いや、そうか。気が可笑しくなって、人でなくなって、余計に長い間この場に拘束される。成仏しようにも出来ない心残りがあるせいで、一体どれだけ自分が醜くなっているのかに彼らは気付いているのだろうか。


もしも、自分がそうなったら。


一瞬考えただけで寒気がした。そんな感覚、味合わずに済むならそれが一番だ。

(未練、か。)

成仏できない理由。
自分がもしも死んだ時、成仏して転生する事を躊躇う程に心配で仕方が無い事なんて、この世に残るのだろうか。
きっと、残らない。
無関心に、無欲に生きてきた自分には、未練なんて物残らない。それはきっと、あの人だって同じだ。太子も、きっと。
何も感じず、何事にも動じない程何事にも興味を持って来なかった自分が生きてきた証とは、何だろう。

ぼーっと空を見つめ、そんな事を考えていると、聞き慣れた声が降ってくる。

「どーした?」
「ああ、あんたか…」
「何だその残念そうな顔は。」
「残念そう、じゃなくて、残念なんですよ実際」
「冠位下げるぞ」

何時も通りの他愛の無い会話。
この会話も、何時か出来ない日が来るのだろう。そう思うと、珍しく寂しいと言う感情が湧き起こる。親が死んだ時でさえ、心の底から思えなかった感情なのに。

「何考えてたんだ?」
「…いや、未練があってこの世に残る人達が、少し羨ましいなと」
「は?こりゃまた珍しい事を言う奴もいるもんだなぁ」

何時ものように笑って見せた後に、少し間を置いて言った。



「ま、私も同じだがなぁ」







(ぱっとしないですが終了。なんて言うか、ネタはあるのにどんな文にするかを考えずにだらだらと打ち始めてしまうので、結果まとまらないので強制終了、みたいな…これぞ管理人のやり方であり弱点である。(意味不
  とりあえず、考え方が一緒で性格も殆ど一緒なのに、びみょ〜〜にある「違い」のせいで普段作ってる自分が変わってきて、はたから見れば「全然違う二人」になってるのって言いなと思いました。作文!)

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