ShortDream

□風になびく…[五右衛門]
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女は痛みに顔を歪めて傷口をギュッとおさえた。先程の汗は冷や汗に変わったらしい。蒼白の顔を流れ落ちる。

そこへサイレンサー付きの銃を持ったスーツ姿の男が背後に体格の良い男を三人連れて歩いてきた。

「いけませんね、いけませんね。日本人の女性は従順だと聞いたのに。」

先頭の男は銃を構え近づきながらしゃべり始めた。

「潜入捜査なんていう裏切りは大和撫子のすることじゃないだろうに……しかも君のせいで一般人を巻き込むなんてナンセンスだよ。」

女はハッとしてやっと五右衛門の存在に気がつく。五右衛門はというと女の怪我を気にかけつつ成り行きを見ていた。
どうやらこの女は悪者ではないらしい……銭形側の人間だ。

「かわいそうにねぇ、お侍サン。同じ日本人のせいでアメリカなんて遠い地で命を落とすなんて。恨むんなら私じゃなくて彼女……名無しさんを恨むんだね。」

「やめて!!この人は関係ないわっ!」

名無しさんは痛みをこらえて立ち上がり、どこに隠していたのだろうか、銃を構えて五右衛門の前に立ちはだかった。
それを見た男は意地悪そうに笑う。

「だって君を始末したあとで警察に駆け込まれたら困るだろ?よかったじゃないか……独りきりで死ぬことにならなくて。」

男が引き金を引きサイレンサーからキシュンと音が洩れた刹那、

キィン

と金属のかすれる音がした。

名無しさんは息をのむ。
先程まで自分の後ろにいた男が瞬間に前に出て抜刀し、銃弾を切り捨てたのだ。

驚いたのは名無しさんだけではなく銃を構えた男も動けず唖然としている。そんな中、五右衛門は静かに口を開いた。

「……生憎拙者は警察に追われる身。警察署に駆け込むことなど御免被る。」

そう言ってから斬鉄剣を構えたまま視線を名無しさんに移す。

「女人……名無しさん……と言ったか。もう少し堪えよ。」

怪我の事を言ったのだろうか。名無しさんは呆然として頷く。それをみた五右衛門は口元に笑みを浮かべて掛け声と共に男たちに飛び込んだ。


男は慌てて銃を乱射させるが、弾の間を風のようにすり抜けて五右衛門は美しく舞う。月光に反射する剣が幻想的だ。



……一瞬。

五右衛門は倒れた男たちの上に立ち涼しい顔をしている。金属の弾むような音がして剣は鞘に納められた。

「……きれい。」

思わず呟いた名無しさんの言葉に五右衛門は眉をひそめて名無しさんに向く。気に障ったのだろうかと不安になってから、まだ自分が銃を構えたままだったと気づき慌ててそれをしまった。

「ったぁ…」

落ち着きを取り戻すと右足の痛みが再び名無しさんにおそいかかった。
でも痛みに気を配る前に自分を助けた侍に礼をいわなければならない。

五右衛門は名無しさんに歩み寄る。

「あの…ありがとうございます。おかげで助かりまし……」

いきなりフッと力が抜けて地面に倒れ込みそうになった。が、五右衛門が歩を速め、すんでの所で名無しさんを抱き留めた。

「…血を流しすぎたな名無しさん殿。」

朦朧とする意識の中で名無しさんは五右衛門の顔を見た。
優しく自分を見つめるその顔は警察に追われるような罪人に見えなくて困惑する。

「……あなたは…」

そう言いかけて名無しさんの意識は闇に落ちた。







心地よい風に顔をなでられて目を開けたのは、意識を失ってからそう時間はたっていないようだった。クレーターもはっきり見えるような大きな月を視界に捉え、自分が横になっているのだときがつく。

「気がついたか。」

上から声がして先ほどの闘争劇を思い出した名無しさんはハッとし、上半身を起こす。

男を振り返り此方を見ずに目を瞑るその涼しい横顔に心臓が鳴った。

「止血はした。あとは家に戻って血になるものでも食べて療養いたせ。」

座禅を組んでいるところを見ると瞑想中だったのだろうか。
「あの、さっきも言ったんだけどもう一度言わせて下さい。」

その言葉に五右衛門はゆっくり目を開けてこちらをみる。
風が彼の黒髪をなびかせて、月光が輪郭を縁取って、きれいだった。

「なんだ」

「助けていただき、ありがとうございました。」

深々と頭を下げて微笑んだ。五右衛門もそれに答えて微笑む。

「あの…よかったら名前を教えて下さい。」

「それは名無しさん殿の上司がよく知っているだろう。」

五右衛門は懐から手帳を取り出し、開き、名無しさんに突きつける。

ICPOと言う文字。そして名無しさんのフルネームが記された手帳。

その紋章が表すことは名無しさんが己の敵だということだった。

名無しさんはICPOの一員だったのだ。

名無しさんは驚いて五右衛門から手帳をひったくった。

「……盗んだわけではない。お主がフラついた時に落としたのだ。これと一緒にな。」

五右衛門は続けて懐から名無しさんが大切に持っていた紙袋をとりだし、そっと渡した。

「安心しろ。それの中身は見ていない。」

「……貴方には沢山お礼をしなくちゃいけないのに、私は貴方の名前も知らないからキチンとお礼することができないわ。」

シュンとした名無しさんを横目で見て五右衛門はため息をついた。

「石川、五右衛門。」

そう呟いて彼は名無しさんの頭にポンと手をおいた。

「お主がさきに拙者を守ろうとしたのだ。拙者はそれを返したまで。礼などおよばぬ。」

「…五右衛門…さん……でもやっぱり、お礼は言いたいわ。ありがとうね。」

そうしてお互いに微笑んだ。








名無しさんはICPOに入ってしばらくたつが成果があげられず、今回の潜入捜査の結果次第で昇格か除籍が決められることになっているのだという。

でもね

と名無しさんは続ける。

「私は許せないって思った相手にいつも後先考えず体当たりしちゃうの。ICPOにむいてないのかなぁ……なんて思ってたから、今回成功しようがしまいが辞めるつもりだったんだぁ。」

ぐーんと伸びをする名無しさんの姿は自分自身の言葉に傷つけられたのを隠すかのようだった。
黙って聞いていた五右衛門は口元に笑みを浮かべた。

「許せない……と思う相手はいなくなったのか?」

「そういうわけじゃないんだけど…」

「拙者はICPOにいる体当たりしか知らない男を知っているぞ。ヤツは逃げても逃げても追いかけてくるのでな、うるさいのだ。」

五右衛門の言葉に名無しさんは目を丸くした。

「五右衛門さんってICPOに追われるくらい悪いひとなの?」

「……うむ」

「ふぅん。どのくらい悪いひとなの?」

「そうだな……」


五右衛門はフッと笑った。それと一緒に風がふき、何が起こったのだろうか、名無しさんのポニーテールがバサリとほどけた。

ぽかんとしていると五右衛門の右手に自分のシュシュが握られているのにきがついた。

「えっ…」

風にバサバサと名無しさんのたっぷりとした髪がなびく。

「名無しさん殿、これは拙者がもらいうける。」

そう言ってシュシュを懐にしまう。名無しさんは目を見開いた。

「ちょ……」

「拙者は極悪人でござる故。拙者と仲間を追えるのはICPOの銭形と言う男だ。」

その名前には聞き覚えがある。天下の大泥棒を追いかけるICPOで一目おかれた体当たりの敏腕警部。名無しさんはクスリと笑った。

「それ、盗んじゃうの?」

五右衛門は彼女の顔を優しく見つめた。
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