ShortDream

□花束【次元】
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目の前にさしだされた花束。
咽かえるほど強く濃い花のかおりに次元は顔をしかめて帽子を深くかぶった。

「また、か。」

「そーなの!これから不二子ちゃんとデートなのだぁ!」

嬉しそうにルパンは花束を胸に抱えて花に顔をうずめた。
緑色のジャケットを羽織った落ち着いた色のルパンと対象に艶やかに存在感を見せつける赤いバラに次元はため息をついた。

「おめーは付属品だな、葉っぱになってるぜ。
せいぜい女のために自分を犠牲にしないよう頑張るんだな。」

鼻歌まじりにアジトを出ていくルパンの背中に言葉を投げた。







花が美しくあるよう、
花に栄養がいくよう、
花が実を結ぶよう、
葉は十分に光合成をして栄養を花に送って、
花のために枯れる。

「しかしな、花は葉の存在なんて気にもかけてねぇんだ。
どんなに支えたって、結局雄花だか雄蕊だか、相手が決まってんだよ。
とんだ喜劇だぜ、ウテナや葉っぱや茎や――花に尽くす野郎ってのは。」

次元はいつものバーで紫煙を燻らせながら独り語ちた。

「命みじかき恋せよ乙女、ってね。」

ふっと次元の横に座った女がいた。女は何か含んだ笑みで次元に視線をやってから彼と同じ酒を注文する。

「――名無しさん」

名無しさんと呼ばれて次元に向き直った女は自分の頬にかかった短い黒髪を耳に掛けて、やはり笑んだ。
光を押さえた照明のなかで大きめの飾りがついたピアスがキラキラと上品に光る。
真黒な髪や瞳、赤い唇と対照的な真っ白な肌に次元は一瞬見惚れた。

「次元、誰かにお花でもあげたの?」

「――いや。ルパンだ。
酷い目に合うことが分かってんのに、毎回花束を用意してるのが滑稽でな。」

「ああ、不二子ちゃんね。」

運ばれてきた酒のグラスを差し出してきたので、次元はそれに自分のグラスをカチンとあてた。
グラスの中の丸い氷がゆっくり回る。

一口飲んで名無しさんはゆっくりため息をついた。

「誰かに恋でもしてんのか?」

「なんで?」

「質問に質問で応えるな――まぁ、いい。
さっき言ってただろう。『命短き…』って。」

「ああ、あれね。
なんか次元が乙女に見えたから言ってみたの。」

クスクス笑った名無しさんは『命短き恋せよ乙女』と小さく歌い始めて、またため息をついた。
その溜息の様子が色っぽく見えて次元は名無しさんから視線を外した。

「俺が乙女?」

「そうみえたよ。
本当は花を渡しに行く相手がいて、羨ましかったりして?」

次元は名無しさんの言葉に顔をしかめて酒を飲んだ。
ごめんごめんと軽く謝る名無しさんを少し睨む。

ふと、名無しさんの隣の席――次元とは反対側の名無しさんの隣席に花束が置いてあるのが目に付いた。

次元の視線を感じた名無しさんは花束を持ち次元に見せた。

ピンク色の薔薇の花束で、メッセージカードも挟まっている。
金色の文字で愛の言葉がささやかれていた。

「ピンクのスプレーローズ。小柄なバラって可愛らしいでしょ。」

花束に目を閉じて顔をうずめる名無しさんの横顔。
眉間に少し皺をよせている。
匂いを嗅ぐためにそうしたのか、意中の相手ではないからなのか、読みとることはできず
次元は酒をまた一口のんだ。

「キザな愛の言葉だな。薔薇って言うのも月並みだ。」

「おもしろくないでしょ。」

「……どんなのならおもしろいんだ?」

「そうね……アンケセナメンがツタンカーメンのお墓にそえたヤグルマギクなら、おもしろいかな。
何千年たっても、ドライフラワーになって残ってた、あの花って、たしかヤグルマギクよね?
違ったかしら?
――それを貰ったら、考えちゃうわよね。死ぬまで愛し抜いてくれるような心強い気持ち……
死ぬまで、愛し抜かれたい。死んでも残る愛が欲しい。」

「面倒なやつだな、お前は。」

「面倒なやつよ、私は。」

――だからこの薔薇のプロポーズをうけるつもりはないの。

続いた言葉に次元は口角をあげて新しい煙草に火をつけた。

名無しさんはマスターに声をかけ花束を渡している。
どうやら店の飾りに使ってくれと譲ったようだった。

煙を吐き出しながら、次元は名無しさんに花束を贈った男を思った。
花に見向きもされない、葉の男。
実を結ぶことのない恋。

「でも花束って好きな人からもらうと嬉しいモノよ。
不二子ちゃんも宝石やお金の方がいいとかなんだかんだ言いながら、
花束も結構喜んでるのよ。
この間ルパンからもらった花を一輪花瓶にさして眺めてるの、見たもの。」

秘密ね、といって唇に人差し指をあてる名無しさん。
酒で体温が高くなっているのか、頬がほんのり紅潮して、目がうるんでいる。
その姿に次元の胸が高鳴る。

自分がただの葉になり下がる気持ちがして溜息をついて煙草をもみ消す。
帽子を深くかぶりなおして立ち上がった。

カウンターから身を乗り出して中のマスターの耳元で小声で何かしゃべる。
名無しさんには彼らの会話が聞こえないが、マスターが頷いているのをみて首をかしげながら酒を飲みほした。
次元が変えるのであれば自分も出て行こうと思ったのだ。

「ここで待ってろ。すぐ戻る。」

名無しさんの返事も待たずに次元はバーを出て行ってしまった。
すぐにマスターが名無しさんの前に新しい酒を持ってきた。

それは名無しさんがいつも二杯目に必ず飲む酒で、次元がマスターに言って用意させたものだ。
目を細めて店内の光が凝縮されるグラスの中を見つめた。

「……綺麗、とてもきれいだわ。」









どれくらいたったか、次元がバーに戻ると名無しさんはカウンターに突っ伏していた。
しかしドアの開く音に反応した名無しさんはゆっくり身体を起こして次元をみた。

「あら。」

次元は帽子を深くかぶり直してから名無しさんの近くに歩み寄り持っていた花束を差し出した。

真っ白な、百合の花束を持つ、真っ黒な次元。まるで――

「どうだ、お前が死ぬ最期まで愛してくれそうな花だろう。」

――まるで葬式のよう

そう思った名無しさんの考えを先読みしたのかニッと笑って武骨な手が花束を差し出してくる。

「白い百合を持ってきた貴方は、死神みたいよ、次元。」

クスクス笑って名無しさんは花束を受け取る。
照れ隠しか黙って再び名無しさんの横に腰掛けて煙草を咥える。

「そうだな、俺は今、生死をかけてるからな。」

「らしくないわね、次元。」

「――そうだな。
名無しさん、俺はお前がプロポーズを受ける程懇意にしている相手がいるだなんて知らなかったぜ。
だから、さっきは焦った。
摘み取られたら元も子もない。」

ふーっと煙を吐き出す。

「だったら、花に尽くすのも悪くない。」

そう言って次元は名無しさんの頬に手を添えた。
名無しさんは微笑んでから花束に顔をうずめる。
その横顔はとても美しかった。

「じゃあ最後まで、私が枯れるまで一緒にいてちょうだいね。」

花を見つめながらつぶやく名無しさんに次元はゆっくり頷いた。
そして名無しさんにばれないよう、彼女の空のグラスに一輪小さい花を入れた。



それは薄紫色のヤグルマギクだった。



END

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