text-Naruto
□涙でキラリ
1ページ/5ページ
年を取ると、涙腺がゆるくなるというが。
放課後の書庫。
外で元気に遊びまわる子ども達を眺めていたら、ふと涙がこぼれた。
数か月前の里外での戦闘で、自分の元生徒が任務中に亡くなってしまったのを思い出したからだ。
任務中に忍が亡くなってしまうことは、言ってしまえば仕方のないことだ。
冷酷な言い方に聞こえるかもしれないが、里を守るため志願してアカデミーに入学してくる子ども達も幼いながらにそのことを覚悟している。
死と隣り合わせの場所で、里を守る忍になること。
だから俺は精一杯の知識と技術を、子ども達に伝えようと思っている。
それが、彼らを守ることに繋がるからだ。
しかし、こうして若い命が失われるたびに俺は無力感と激しい自問にとらわれる。
俺は彼らに全力を尽くせただろうか。
もっと、こう言えば彼は、彼女は、命を失わずに済んだんじゃないか。
「…バカみてぇ」
そんなのおごりだ。
彼らは精一杯やった。
命を懸けて全力を尽くしたんだ。
なのに。
パタリ、と板張りの床に水滴が落ち、小さなシミを作った。
いまさら、
何を今さら。
分かっていることじゃないか。
何を疑問に思う必要がある。
彼らを教える立場の俺に迷いがあってどうする。
「なんで?」
涙が溢れて止まらなくなってしまったのだ。
青臭いかもしれない。
愚かだとも思う。
無力な自分のために、泣いてしまいたいと思うなんて。
そんな、あまりに乙女チック過ぎる。
いやいや、ジェンダーフリーとセクシュアルハラスメントには細心の注意を払っている自分にあるまじき発言。
が、感傷的になるにも程がある。
…年とったんじゃなくて、ようするにガキなんだよ俺は。
思わず苦笑が漏れた。
「…イルカ先生…!?」
完璧に不意をついて掛けられた声に、俺は驚いて振り返った。
書庫のドアを開けて入ってきたのは、俺の教え子の現担任・はたけカカシだった。
日も落ちて、もう誰も来るはずは無いと油断していたのがいけなかった。
とっさに拭ったものの、赤い目はごまかしようが無い。
「あー…、カカシさん。お疲れ様です」
涙で鼻声になってしまった。
しまったと思ったがもう遅い。
俺は決まり悪く微笑んで、会釈した。
「どうしたんです?!誰かに何かひどいことでもされたんですか?!」
ズィッ、と近寄ってきて心配げに俺の顔を覗き込むカカシ先生に驚いて、ぶんぶんと勢いよく手を振った。
「ち、違います!」
片方だけのぞいている碧い瞳が、何だか鬼気迫っていて、若干怖い。
「ホントに?!」
「はい、ホントに!!」
「じゃ、なんで泣いてたの?」
子どものような瞳で見つめられて、俺は一瞬面食らった。
「あー…」
どうしよう。
説明しようにも出来ない。
木ノ葉でも随一の忍と言っても過言ではないカカシ先生に、こんな甘っちょろいこと。
生きるか死ぬかの戦場で命のしのぎ合いを重ねてきたカカシ先生に、こんな平凡なアカデミー教員(そして受付)の悩みなんて。
まぁ、それは置いておくとして、だ。
こんなことを言うのは不遜だと、百も承知で言ってしまうと。
俺の正直な感想は、こうだ。
…この人、上忍だよな?
いや、こんな公共の場で泣いてる俺が悪い。
けど、けどさ!
こんな直球に泣いてた理由聞くか?
小さな子ども相手とか、よっぽど親しい間柄ならともかく。
今のカカシ先生と俺は、ナルト達を挟んでの、知り合い以上・友達未満としか言い様が無い。
ちょっと大人のコミュニケーションらしくない気がして、上忍ってやっぱちょっと変わってんな、とか思ってしまう。
「最近疲れがたまってたのかもしれないですね…、別に何も無いのに涙でちゃって」
苦笑しながら、答えになっていない言い訳をした。
我ながら、情けない国語力だ。
しかも、内勤の俺が上忍のカカシ先生に向かって「疲れがたまっている」だなんて。
カカシ先生はもう暗部でないとはいえ、AランクやSランクの危険な仕事をこなしているというのに。
しかし、そんな俺の気持ちをよそに、カカシ先生は心底心配そうに右目を歪めた。
「そうなんですか…、」
不覚にも俺は、その透き通る青い瞳に見とれてしまう。
いつだったか酔っ払った女友達が、カカシ上忍になら遊ばれてもいい!だなんて言ってたっけ。
木の葉では珍しいプラチナブロンド、マスクの上からでも分かる整った顔立ち、長い手足に車輪眼。折り紙つきのエリートということなんだろう。
自分には遠い人物だと思っていた。
そのカカシ先生にこんな至近距離で真っ直ぐ見つめられて、俺は言葉も出ない。
緊張しているのかドキドキする。
こんな訳のわからない状況になってしまっているにも関わらず、カカシ先生のことをキレイだと思ってしまった。
男の俺から見てもメチャクチャかっこいい。
それを意識したとたん、顔がカッと熱くなるのを感じた。
「イルカ先生…やっぱり無理してるんじゃないですか?顔が赤いし、熱があるのかもしれません」
そんな…熱なんてあるわけねぇよ。
しかし、あまり否定するわけにもいかないし、困った俺は曖昧に笑うしかなかった。そんな俺を見て、カカシ先生がカッと目を見開く。
やべ、仮病ばれた…!?
焦る俺に、カカシ先生の長い手が伸びる。
「えっ?!」
いきなり腰に手がまわされた。
ビックリして下からカカシ先生を見上げる。
と、俺の膝裏にカカシ先生の左足が軽くあてられた。
あっ、と思う間もなく、カカシ先生は腰にまわした手を支点に、左足をすっと持ち上げ、軽々と俺を横抱きにしてしまった。
お…お姫様抱っこ…!!
鮮やかで無駄の無い動きは、忍びの手本そのものだった。が、感心するより先に、二十代も半ばの地味な自分に突如与えられたこの情況にフリーズする。
そんな俺を気に掛ける様子も無く、
「オレ心配なんで、イルカ先生のお宅までお送りします!!」
と、高らかに宣言して、カカシ先生は窓枠に足を掛けた。