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□その、向こう側*
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いつまでも、あの子のことを忘れられないアイツに。
「おい、こっち向けよ」
夜ごと繰り返される不毛な関係。
「…ってぇ…」
逃げをうつゾロをつかまえ、再び深く腰を進める。
「くっそ、サンジ…うっ、あ、あ…」
苦痛と、快楽と、消耗。
俺たちがこんななのは、男だから。なのか。
「ん…」
気を失って眠る男の頬をそっとなでると、無意識なのか、ゾロは寝返りを打って俺に背を向けた。
「嫌いかよ、俺のこと」
思わず口から漏れた。
…嫌いだよな。
「チッ…。くそ、何で…」
膝を抱え、顔をうずめると図らずも涙がこぼれた。
おまえが女と寝ないのは、女であることを拒んだまま死んだ、あの子のせいだろ。
あの子に悪いから、だから、女と遊ばねえ代わりに、俺に抱かれてんだろ。
俺は強く目をつぶり、両手で耳をふさぐ。
言いたくない、何も聞きたくない。
こんな子供じみた感情。
なんで俺ばっかり、お前を好きなんだ。
…まどろみの中に、微かな嗚咽が聞こえる。
例のごとく、あいつと抱き合った後は、体のあちこちが痛い。だるい。内部からえぐられるような(実際そうだが)痛みに、だんだん慣れてきたとは言え、やはり体力を消耗する。ことが終われば泥のように寝こけてしまうのが常だ。
このまま寝ていたいのに、何だかひどく哀しげな声が気になって、目が覚めた。
薄暗い倉庫に、かすかに落ちる月の光が、金髪の男を浮かび上がらせている。
…なんだって言うんだ、まったく。
コックの野郎が泣いてやがる。
さっきまで、乱暴に俺を抱いていたアイツが、ガキみてぇに膝を抱えて、声を殺して泣いている。
本当なんだっつーんだよ。
こんなエロ馬鹿コックのどこにそんな要素があるのか、不覚にも可愛いなどと思ってしまう。しょうもない。俺もたいがいバカだ。
サンジに気付かれないように、こっそりと起き上がる。
両耳を塞いで泣く金髪の男の手に、そっと自分の手を重ねた。
ビクリと、驚いてサンジが顔を上げる。
見開かれた瞳が、ハッとするくらい青い。がらにも無く、きれいだ、などと思った。
「…ゾロ」
そう言ったのだろう、サンジの唇は音を作らず、動いただけ。
零れ落ちる涙を舌先ですくうと、俺は笑った。
「しょっぺぇ」
笑う俺の顔を、コックがアホ面でポカンと見てやがるので、
「おい、マユゲ王子?」
茶化して聞いてみた。
ー何で泣いてんだよ。
本当はそう聞きたかったのに。
なんとなく答えを知っている気がして、
そう聞くことができなかった。
「…っせぇ、マリモの分際で」
吐き捨てるように言うと、乱暴にサンジはゾロの手首を掴んだ。
再びベッドに押し倒され、激しく口付けられる。
余裕の無いゾロの唇に、深く舌を差込み、絡め、吸い上げる。
―こんなこと、分かっていたのに。
それでも止めることができず、サンジの舌は角度を変え、執拗にゾロを追いたて、苦しめる。
誰にも渡さねぇし、だれにも触らせねぇ。
息をする余裕も与えずに、歯ぐきの裏を舌先でなぞると、ゾロはビクリと腰を揺らした。
抱くたびに、触れるたびに独占欲が強くなる。
なのに、何ひとつ自分の物になりはしない。虚しさがこみ上げ、目の前が暗くなる。我を失いそうな感覚が常につきまとう。
「…ふっ、あっ…」
ゾロが苦しそうに喘ぐ。
やっと唇を離すと、むせるゾロにも構わずに、上着を持って一人甲板に出た。
満点の星空、黒い海。
ちゃんと話もしないくせに、お互いの快楽にばかり詳しくなる。
ゾロがルフィと喋っているときの、あの親密さを、ナミさんと話すときの気安さを、俺は一生かかってもきっと手に入れることが出来ない。
底の見えない夜の海を見つめながら、タバコに火を点けた。
あのバカ剣豪は、またすぐに眠っただろうか。
「いっ、くしゅ!!…冷えんなクソ」
鼻をこすりながら、あぁゾロのヤツ、裸のまま眠ってそうだな、などと思う。
「…どんだけアホなんだよ、俺は」
アホで、執念深くで、ついでに情も欲も人一倍強い俺は、きっともう、アイツのことを離してやることが出来ない。
ソレがどんなにアイツを傷つけることになっても、自分たちを破滅に導くことになっても。
そんなに、賢くて、大人で、優しい真似は、俺には出来ない。
最後の煙草が燃え尽き、仕方なく倉庫に戻ろうと足を向けると、ドアの外にゾロが立っていた。
…Tシャツにトランクスをはいただけの姿で。
「おまっ、もぅちったぁ着ろよ!」
冬島も近いってのに、薄着で壁にもたれているゾロに驚いて、声をあげた。
「風呂上りだっつーのにムリヤリ倉庫連れてきたのは誰だよ」
眉間にしわを寄せてはいるが、さほど不機嫌そうでもなくゾロが言った。
「あー…、悪ぃ」
レディ以外にこんなことをすんのは初めてだし、クソ恥ずかしかったが、俺のせいで風邪を引かせる訳にもいかないので、手に持っていた上着をゾロの肩にそっと掛けた。
笑うかと思ったが、意外にも真っ直ぐに俺をみつめて口を開いた。
「おい、お前は俺が好きなんだよな?」
「あぁ!?
ンなぁにを言ってんだよ、くそまりも!
誰が野郎で、アル中で筋肉バカのお前を…
お前なんかを……、」
くそっ、喉がしまる。胸が痛い。
「お前のことなんかなぁ、クソ好きに決まってんだろうが!!!」
言ってまた涙が出た。
チッ、顔あげれねぇ。
なんでこんなカッコ悪ぃんだよ俺は。
「…おいサンジ、」
「…」
「サンジ!…くぉら、あほコック!!」
分かったから、頼むから何も喋んないでくれ。
「ったく」
言ってゾロが俺を引き寄せ抱きしめた。
ぎこちない、下手くそな抱擁。
俺は驚いて、目を見開いた。
「俺だってなぁ、クソ好きなんだよ!!」
さっきのサンジの口調を真似て言ってみる。
「…あぁっっ??!」
「クソッ、2度は言わねぇよ」
ゾロは赤くなってそっぽを向いた。
「…っ!!ゾロッ!!」
初めてのゾロからの告白に、
感極まって思わず大きな声が出てしまった。
勢いよくゾロに抱きついたところで、女部屋からナミさんが、男部屋からウソップが顔を出して怒鳴った。
「いいかげんにしなさいよ!このバカップル!!」
「12時過ぎたら世界の中心だろうが、海のはずれだろうが、所かまわず愛を叫ぶな!」
荒々しくドアが閉められたのを見届けると、サンジが苦笑し、やがてやらしい顔で言った。
「なら、倉庫の片隅でこっそりと愛をささやこうか」