自己満話集
□おつきさま
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「こがぁに暗くなるまで、連れ回してすまんかったな…」
少し肌寒い風の中、龍馬さんと歩いている。
昼間は暑いくらいだったのに、日が落ちた途端に気温がぐっと下がった。
「いえ、寄り道させたのは、私ですから…」
今日は、たまには外に出て気晴らしを、と龍馬さんが宿から連れ出してくれた。
それが…ううん、龍馬さんと一緒にいられることが嬉しくて、ついついあちらこちらへ、足を向けてしまった。
「わしは…嬉しかったき、かまわんが…」
前を歩く龍馬さんが、どんな顔をしてるのかわからないけど、指で頬を掻いているから、少し照れているのかな、なんて、自分勝手な想像をして胸が高鳴る。
にやける顔を誤魔化すようにふと横を見ると、東の空の低いところに、オレンジ色の大きなお月様が浮かんでいた。
昨日の満月からほんの少し欠けただけの大きな月はぼんやりと光を放ち、その姿はとても神秘的で、怖いくらいだ。
ずっと見ていると、なんだか変に不安な気持ちになって、私は思わず、手を伸ばし、少し先で揺れている着物の袖を掴んだ。
龍馬さんは立ち止まって振り向くと、驚いた顔を見せる。
「どうした?」
「いやっ、あの…つっ…月が…」
訊ねられて、慌てて手を離しぶんぶんと振りながら答える様は、きっと挙動不審に違いない。
「月?」
はぁ、とため息を吐く私の前で、龍馬さんは東の空を見て、感嘆の声を上げた。
「おぉ、こじゃんちでっかい月じゃのう。しょうまっこと綺麗やけど……」
月から、私に視線を移す。にこにこと笑いながら、龍馬さんは私の手を取って、ぎゅっと握った。
「…え……っえ?」
私の顔はみるみる熱くなり、握られた手にも段々と熱が集まってくる。
「綺麗すぎて、ちっくと怖い…か?」
「……は、はい…」
手を握られてる事が恥ずかしくて、俯いて返事をすると、頭上で優しい笑い声がした。
「けんど、わしがこうしちゅうき…もう、怖くない」
龍馬さんはさらにぎゅっと手を握り締めると、反対の手で頭をそっと撫でてから、少し屈んで私の顔を覗き込んだ。
「な?やき、そがぁに不安な顔をしなや…」
にしし、と笑う龍馬さんの顔を見て、はい、と返事をしてから、私はまた月を見た。
「もう、怖く、ないです」
にこりと笑うと、龍馬さんは満足したように頷いて、歩き出した。
「ごめんなさい、心配かけて。月が怖いなんて、変ですよね」
「いんや…わしも、そう思うきに。けんど、おかげでこうして手を繋げて…おつきさまさまじゃの」
暗くてやっぱり龍馬さんの顔は見えなかったけど、その弾んだ様な声を聞いて、嬉しいのかな、なんて、また自分勝手な想像をした。
そんな私の気持ちが全部、龍馬さんに伝わっちゃうんじゃないかってくらい、全神経が結ばれた手に集中している。
その結び目を見つめて、さっきよりもずっと、胸が高鳴っていた。
お月様、ありがとう
大好きな人と、手を繋げたよ
怖いだなんて
思ってごめんなさい!
end
それはまだ
あなたに好きだと伝える前の、ある日のお話。