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「水嶋さん、この原稿お願いできるかしらー」
「あ、はい。…あ、でもこの書類を書き終えたあとからでも良いですか?」
「…んー…まあいいわ。でもなるべく早くお願いね、じゃ」
「……はい、すみません」
「あ、水嶋さん!ちょうどよかったー…これ、専務のところに届けておいてもらえる?」
「え、でもこれは先輩の…」
「ごめん!アタシ昼に課長に呼ばれちゃってさあ〜…ほら、あの人、定時じゃないとカンカンじゃなあい?」
「は、はあ…」
「だからどうしても行けないの!ね!お願い!…それにアタシ、あの専務どうもニガテで…」
「………」
「前の人なら上手く馴染めてたんだけどなあー…っと時間やばい!じゃあお願いね!」
「あ、ちょっと…!………」
書類を書いてコピーして業務に持って行って、そのあとは原稿チェックして書き直して…、で、次は専務に書き留めを渡していつも通り先輩の身代わりになって怒られて…それから。
それから、何だっけ?
全身に付箋紙を貼って行動したいくらい、やらなきゃならないことが多すぎる。
今日も昼休憩終わっちゃうな…。もういいや、トイレに行って顔だけ洗ってこよう。
そう思って立ち上がった瞬間、まだデスクに残っていた若干名と目が合った。
トイレに行くだけですよ。すぐ戻って仕事に戻ります。ふん。
蛇口を捻ったら、当たり前のように水が出てきて、轟々とした水の流れに指先を翳せば、とても冷たかった。
冬先の水道水は特に冷えていて、嫌になる。皸も治らない貧相な手を何度も擦って洗い流した。
ふっと顔をあげると、大きな鏡に自分が映った。そこにいた自分の顔があまりにも悲惨で、何故か笑える。
早朝のギリギリな時間に付けたまつげは半分取れかけていて、アイラインは妙な線を描き、白目は微かに充血している。
忙しく叩いたチークもパウダーも、昼過ぎとなる今ではもう粉を吹いていて、見っとも無い。
色付いた赤い唇とは対照的に、私の顔色は最悪に近いほど味気なかった。
私って、いつもこんな顔で仕事してるんだ。
知りたくなかった事実。でもいつかは知らないと嫌でも目を向けさせられる現実。
景気付けにと、軽いノリだけでかけたパーマによって傷んだ髪、ボサボサになって量も多くなってきてる。
初めて自宅で髪を染めたときから、もうどれだけの時が過ぎたのだろう?
生え際が黒く生え変わってきていて、汚い。今すぐにでも切ってやりたいくらい。
滑稽だ。今の私は、惨めなほど不幸な色だけを濃くして、生きている。
生きている?そもそも私は、この世界自体に馴染んで生きていられているのだろうか?
分からない。そんなことを考えることそのものが面倒で、もう何もかもが分からない。
顔を洗って、メイクは適当になおしておいて、今はもう、仕事だ。
夢を追うために大切な人を捨て、追いかけていた夢も捨て、自分にある全ての可能性までもを諦めてしまった。
現在の私には、もう、この仕事にただ、ただひたすらにがむしゃらに縋り付くしかないんだ。
いやに現実的な夢の中
(覚めたら現実、覚めなくても夢)
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