タンペンシュー

□ボーダーライン
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「ねえ、岩ちゃん!俺さ、すっごいことに気付いちゃったよ!」
俺よりデカいヘラ男がウキウキとした声で俺の隣で言った。
その時点で俺は警戒してかかる。
こいつの言う『すごいこと』というのは基本的にあまりろくなことでは無いからだ。
「興味ねえよ」
言いながら歩みを速める。

今日は火曜日。
部活がオフなのは月曜だから、体育館に居るはず……だった日。
春高予選が終わって、俺達は引退した。ここからは大学進学するヤツは大学受験に本腰を入れろ、というわけだ。
『学業に専念しろ。遅すぎるスタートなんだぞ』と言われても、勉強ばっかりなんてとてもじゃないけど無理だ。
体が鈍るのを避けるために、そして憂さ晴らしに、引退した後も体育館によく顔を出してはいる。でも、新体制に変わったチームの足を引っ張る訳にはいかないので、Bチームに入るのはもちろんのこと、絶対に矢巾と渡を立てるように参加している。すると、それはそれでどうも不完全燃焼感が残るので、結局居残り練までしていることもあった。
そこまで勉強を頑張らなくても、地元の大学なら推薦で何とかなりそうではある。
俺に推薦が来るんだから、及川に来ていないはずがないが、アイツは言わない。俺も聞かない。
だからどうするつもりなのかは、分からなかった。地元に居るつもりなのか、それとも、仙台から離れるつもりなのか…それすらも。

「俺と岩ちゃんってさ、セクフレだね!」
……………セクフレ……???
「………は?」
聞き覚えの無い言葉に思わず振り返ると、講釈でも垂れるかのように及川は人指し指を立てて言った。
「岩ちゃんと俺は肉体関係があるじゃん?」

中3の時に、お前が「岩ちゃんの初めて、俺にちょーだい!」って乗っかって来やがったからな……。

忘れもしねえよ。
「俺を掘って童貞くれるんでも、俺に掘られて処女くれるんでも、どっちでもいいよー!」ってあっさり言われたときの衝撃は。
掘られるよりゃ掘る方がマシだ。って言ったら、乗っかられたんだった。

「だけどさ、岩ちゃんと俺は付き合ってる訳じゃ無いじゃん?」
………いつもいつも、フラフラ隣で『カノジョできたー』『フラれたー』を繰り返している奴と、付き合える訳ねえだろ。
「またかよ」って言ったら、「仕方無いよね」と、気の無い返事しかしないくせに。
そもそも、お前にとって『付き合う』って何なんだよ。

こういうことを言い出したということは、恐らくどこかに真意があるんだろう。それは解る。
だてに長年付き合ってねえし。

「だったら、セックスしている友達だから、セクフレだなって!」
…………………………前言撤回。
真意なんて無いのかもしれない。ただの思いつきでそんなこと言い出したのかこの馬鹿野郎は。
「へえーあーそーですか。」
一気に失った興味に反比例させて、さらに早足で歩く。
「ちょちょちょっと!岩ちゃん!何なのその冷たい反応はさ」
「別に俺はただの友達でもいいぞ」
半分は本心だ。
でも、半分は嘘だ。
すでに、もう『ただの友達』なんかではない。
友達と、セックスなんかしない。
普通は。
しかも、俺達は男同士なのに。
「ねえ、本当に?」
その、俺の『半分の嘘』を見抜いているのだろう。
「何が」
聞き返した言葉は予想以上に白々しく響いた。
「ただの友達ってさ、どこからどこまでが『ただ』なのかな」
「少なくともセックスはしねえだろうな」
「そーかもね。じゃあさ、岩ちゃんは、俺とセックスするの嫌なの?」
俺の言葉に痺れをきらしたのか、いきなり及川の方から切り出してきた。

……本当に……嫌……だったなら、やってない。

パワーでは負けない。まあ、勝てもしないけど、ほぼ互角。俺が本気で抵抗したら、どんだけ及川が乗っかって来たとしても、セックスするのは無理だろう。
何よりも……この涼しい顔が乱れて、ぐっちゃぐちゃになって俺を感じている顔を見るのは悪くない。
そんなことを言おうものなら、「岩ちゃん悪趣味ぃ♪」とか言われそうだから言わないけれど。
必死で「もうダメ」って言いながら堪える顔とか、「岩ちゃん…」って涙目になりながら甘く呼ぶ声とか……
その時しか見せない顔だけに。

言葉では「好きだ」って、こいつは言わない。だから、俺も言わない。
キスもしない。そんなに間近でお互いの顔を見てしまったら、今まで何とか守ってきた一線を今度こそ踏み越えてしまうような、そんな気がして。
でも……分かってる。本当は……俺は……

「まあ、女の子としたことない岩ちゃんに聞いても、分かんないかもしれないけどねー」
俺が考え込んだ時に限ってこういう癪に障る発言をしてくるのは、俺が考えていることを読んでいるからなのだろうか。
口を挟まずにはいられない事をぶっこんでくる。
「お前みたいに女の子とやったことがあるなら違います、ってか。だったら、女の子とやってりゃいいだろ。俺なんかとセックスしなくてもよ」
嫉妬でも羨望でも無い、でも明らかな苛立ちを言葉に乗せる。

正直に思う。
女の子選り取りみどりのはずのこいつが、何で男の俺に好き好んで尻を差し出すのか?って。

そして……ちゃんと、解ってんだぞ?
お前、初めての時、痛いだけで全然良くなかっただろ。
良かった訳が無い。
ガッチガチに緊張している体で、ちゃんと解れてすらいなくて、挿れた側の俺ですら痛かった。
及川は及川で、俺になるべく『男とセックスしてる』って思わせないようにしていたのか、俺に背を向けて、腰を揺らしていた。顔は一切見せなかった。だから、俺は初めて及川とセックスしたとき、及川がどんな表情をしていたのか、見ていない。
声もほとんど出さなかった。最初こそ、痛みが尋常じゃなかったんだろう。「………い゛っ!!!」とだけ、漏らした。
もちろん、アイツの物がどうなってたかなんて見えなかったし、触りもしていない。
でも恐らく確実に、及川は俺との初めてのセックスでは、イケなかったと思う。

なのに、終わったときに
「あー、すっごい良かったよー♪ねえ、岩ちゃん、またしようね?」
って言われて……そこに透けて見える必死さと健気さに、『反則だろ』って思ったんだった。
そんなに強がってまで、俺とまたしたいなんて……そんなの、なあ。

そこから、回数を重ねる毎に俺も余裕が出てきて、及川の反応を見ることが出来るようになった。
何処をどうされるのがいいのか、好きなのかも解るようになった。それが解るようになると尚更、初めてのセックスは及川にとっては気持ちいいものではなかったのだと解る。

だけど、それでもなお俺とセックスするのを選んだ……というのは………俺の事が……好きだとか、そういうんじゃねえのか?って思う。
俺も……好きかどうかって言われたら正直よく分かんねえ。だって、コイツは友達で幼馴染みで、正直腐れ縁で。一緒に居るのがあまりにも当然になっているから、居ないというのが想像出来ない。

そこにセックスがあるかどうかなんて、あまり関係が無い……ような気が俺はする。けれど、及川はセックスしているということに拘っている気がする。

「えー?だってさ、女の子とのセックスと、岩ちゃんとのセックスは甘いケーキと焼き肉みたいな感じで違うんだもん!」
焼き肉って何だよ。俺はお前に食われてんのか?!
無性に感じる苛立ちの中に、何かの違和感を感じる。
違う。
及川が言いたいのは、そこじゃないんだ、きっと。
「…………………セックスじゃなくて、友達の方か?」
「……………え?」
「お前が拘ってるところ」
ああ、やっぱりな。
空気がほんのちょっと変わる、それだけで解る。それが答えだと。

「………女の子はさ、何で『付き合う』ってことに拘るんだろうね?」
「そりゃ普通はそうだろ」
セクフレでいいです、なんてそんな都合のいい?女の子、逆に怖えよ。
「だってさ、付き合い始めたらさ、別れる訳じゃん」
「いや、待てよ。何で別れる事前提なんだよ」
「始まったらさ、絶対にどっかで終わるじゃん」
その言葉でようやく繋がる。
「友達だったら、ずっと居られるってか」
「友達だったらさ、『別れよう』って無いじゃん」
「そうかもしれねえな」
なるほど。
それで『セクフレ』とか言い出した訳か。
ただの友達よりも深いけど、でも終わることの無い『友達』ですよ、って。
「別に友達でも終わることあるんじゃねえの?」
「だって、岩ちゃんはずっと友達じゃん。これまでだって一緒だったしさ、これからも、一緒に居てくれる……よね?」

ああ、そうか。って、本能的に思った。
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