SS 2

□我田引水
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「おい,田中」
社長に呼び出されて,俺何かやったか?と思いつつ近寄る。
「ちょっと,お前,出張して来てくんねえか?」
「出張すか?珍しいっすね……何処までですか?」
基本,仕事は東京都内,まあ首都圏内だ。でも,たまに債権者が高飛びかましたりすると,それを追いかける羽目に陥ることもある。静雄が手伝ってくれるようになってから,「死ぬよりは金を払った方がマシ」「逃げた方が怖い目に遭う」という奴等も増えて,そういう事も大分減ったといや減ったんだが……。
「関西方面まで,行って欲しいんだ。お前がこないだ取り立てたヤツ,いただろ?AV滞納の」
「ああ……アイツですか」
きちんと金は取り立てたはずなんだが……何かしくじったか?
「金払うのに夢中だったらしくて,DVD返すの忘れたらしい」
「……すんません,確かに金しか預かって来なかったっすわ。でも,DVD持ち逃げされたからって,追いかけるくらいの事なんすか?」
一応,うちは海賊版とかの商売には手を出してないので,『水物』というほどではないにしろ,DVDの単価なんてそう大したものではないはずだ。俺の出張費と秤にかけて社長が俺に言っていることくらい分かってはいるが,一応確認してみる。
「それがなあ……さすがに100枚はやれんだろ」
「………アイツ,100枚も借りてたんすか………」
「しかも,獣姦ものとか……ちょっとマニアックなものばかりだったらしい」
「……すげえっすね……で,俺一人で行く……事になるんすかね?」
金は返して来たヤツだし,こないだ取り立てた感じからいっても,そんなに危険な仕事になるとは考えられない。俺と静雄二人分の旅費を出したら,逆に赤になるだろう。
「まあ,そういう事になるな」
「いつから行けばいいんすか?」
「出来れば,明日から行ってほしい」
「分かりました」
「じゃあ,頼んだぞ」
返事をしてから気づく。明日って……3月14日じゃねえか,と。まあ,ホワイトデーだからって何があるという訳でも無いといや無いんだが。

「静雄,ちょっと」
俺の部屋で飯食った後,食器を洗っている静雄に声をかける。
「何すか?」
静雄は洗っていた食器を置くと,俺の方に寄ってきた。
「大したことじゃねえんだけどな。俺,出張に行くことになった」
「え?トムさん一人でっすか?」
自分は行かないのか?という感じで,小首を傾げている。
畜生,185の男のくせに妙に可愛いよな!!!
一緒に行きたいというのか,残念だとでもいうのか,それとも俺一人じゃ心配だとでもいうのか……静雄の表情からは分からないが,微妙な顔をしている。それで,思いついてしまった。
「おう。こないだ取り立てたヤツがAV持ち逃げしたらしくてよ」
それだけで,きちんとどの仕事だったか分かったようで,『ああ,アイツなら大したことねえな』とでも思ったのだろう。静雄の表情に僅かに安堵が浮かぶ。
「めんどくせえっすね………で,いつからなんすか?」
「それがな,明日からなんだ……せっかくのホワイトデーなのにな」
別に俺の中ではホワイトデーなんてものは,行事にカウントしていない。彼女からお返しを期待されていた場合は別だが,静雄相手だと,クリスマスも年末年始もバレンタインも「一緒に居てくれるだけで嬉しいっす」で済んでしまう。そんな静雄が俺からのお返しを期待している訳が無いし,俺も静雄に何か返して欲しいなんて思っちゃいない。
でも,俺が敢えて『せっかくの』と言った事で,静雄は意識したようだった。俺の思惑通りに。
「一緒に,居られないんすね」
あからさまにがっかりした表情を浮かべる。肩落として,しょんぼりして……ああもう,何でこんなに可愛いんだ?!
「だろ?超がっかりなんだべ」
念の為に言う。俺にとってはホワイトデーは行事じゃねえ。
それが誕生日だってんなら,自腹切ってでも,静雄を連れて行く。でも……ここで,落胆した俺の姿を見せておかないといけないことには,もちろん訳があった。
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