SS 2

□心満意足
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いつものようにコンビニで甘いものを見ていると、トムさんが不意に言った。
「なあ、静雄。多分普通に食えるだろうホットケーキと、不味い可能性が高いショートケーキ、どっちがいい?」
…………?
ホットケーキとショートケーキなら分かるけど……『多分普通に食える』『不味い可能性が高い』って一体?
「………何ですか?その不思議な二択」
トムさんの方を見て聞くと、トムさんは少し笑って言った。
「質素だけど普通ってのと、ちょっと豪華だけど不味いかも、ってのだったら、お前だったらどっちがいいのかなー?って思ってよ」
トムさんは俺の目の前にあるチョコムースを見て、そういやカレー味のウンコとウンコ味のカレーとかいう二択も無かったか?なんて言っている。その二択はどっちもありえねえ。そもそもそれを言い出したやつはウンコ食ったことあんのか?って聞きたい。
「…………トムさんだったらどうなんですか?」
トムさんの真意を量りかねて、聞き返すと
「俺はどっちも食わねえからなあ……どっちもパスだ」
トムさんは笑って答えた。確かに、そうだ。
「で、静雄はどっちがいいべ?」
そんなに重要な質問には思えないのに、こんなにも聞いてくるということは、トムさんにとって何か意味があるんだろうな……ということだけは分かる。
「……うーん……イチゴ乗ってても不味いかもしれないんすよね?だったら………ホットケーキっすかね」
普通ってことは、食えないことはないだろう。
頭をひねりながら答えると、トムさんは
「やっぱ静雄はそうだよな!」
と言った。何が「やっぱ」なのか分からないものの、トムさんの表情は明るい気がしたので
「はい」
とだけ返事しておいた。

いつものように職場でカップラーメンをすすって、仕事を終える。家に帰ろうとすると、トムさんから言われた。
「静雄、今晩うちに来ねえ?」
「あ、はい。いいっすよ」
別に、俺の家に来ることも、トムさんの家に行くことも、普通の事なのに、何かトムさんはいつもよりかしこまっている気がする。
「マジ?家帰ったりしねえの?」
「え?はい、別に……」
「じゃあさ、静雄が前に俺にくれたあのチョコレートのビール、買って来てくんねえかな」
そういや去年のバレンタインデーにスーパーでチョコレートのビールを買って、トムさんにプレゼントしたんだったっけな。
「分かりました。同じの売ってるかどうか、ちょっと分かんねえっすけど」
「無かったら無いでいいからよ」
そこまでトムさんがあのビールにはまっていたような記憶は無いものの、トムさんの願いだし!ということで、俺はスーパーにビールを探しに行った。

まだ2月にもなっていないというのに、スーパーにはまたバレンタインコーナーが出来ていて、たくさんの女の子がチョコレートを選んでいた。1回突っ込んでしまったことがあるだけに、ちょっと慣れている自分に驚く。
『今年は彼チョコも!』とか『友チョコに』とか書いてある。
そもそもバレンタインって何なんだ。
そう思いつつも、お酒のコーナーを見てみると、去年買ったビールがまた置いてあった。いつも置いてはいない気がすることを考えると、チョコレートが入ってるからってことで、この時期限定なんだろうか。トムさん、飲みたがっていたよな………?
「すんません」
俺は店員に声をかけた。

「遅くなりました……」
トムさんの家に着くと、ドアを開けた瞬間から甘い香りがした。
「……トムさん?」
「おお、静雄、お帰り。もうすぐできるから座っとけ………って、何だよ、その段ボール箱?!!」
フライ返しで俺を指しながら言った後に、俺が抱えているビールを見て、トムさんは驚いた声を上げた。
「あ、トムさんこのビール気に入ってんのかな?って思ったんで、1ケースもらってきました。そしたら奥から出さなきゃなんねえとかで、時間かかったんす」
「軽そうに持ってっから分かんなかったけど、それ、1ケース全部あのビールなのかよ?!」
トムさんの声があまりに驚いているので、余計な世話だったかと思えてきた。
「………すんません、いりませんでしたか……?」
「ああ、いやいや、違う。びっくりしただけだから。ありがとな、静雄」
トムさんが微笑んで、俺の頭をぽんぽんと撫でる。髪の毛に絡まる、トムさんの大きな指が好きだ。
トムさんに言われたように座って待っていると、携帯が鳴った。
「あ?メール……幽からかよ」
珍しいな、と思いつつ、メールを開く。
『誕生日おめでとう、兄さん。プレゼントは家に送っておいたから。』
あれ?今日って……
カレンダーを見ようとしていた俺の目の前に、お皿を持ったトムさんが現れた。
「あー…先越されたか?」
「……トムさん……」
テーブルに置かれた皿には、きつね色で綺麗に膨らんだホットケーキが湯気を立てて乗っていた。
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