タンペンシュー

□ボーダーライン
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春高予選が終わって、高校でのバレーボールは一区切りついた。
結局ウシワカには最後まで勝てなかった。直接対決すらできなかった。
全国には行けなかった。小学校から続けてきてもう7年…いや、8年以上か?
得られたものは沢山あった。
でも……報われなかった思いも、確かにあった、と思う。

同じ学年に超高校級スパイカーが……皮肉なことにこんな田舎に居たということ。
それが不幸とは言い切れないかもしれないが、正直、アイツさえ居なかったなら、もっと『全国』は近かったはずだ。
及川だって、『俺が載ってない月バリなんて、知らないよーだ!』って拗ねる事も少なかっただろうし、もっと注目されていただろう。
それだけの実力が、こいつにはある。

大学でもバレーボールを続ける……けど。
そこにある、不確定要素にこいつは不安になったんだ。
本当に、同じ大学に行けるのか?
ずっと一緒にバレーボールを続けられるのか?

前に乗っかられた中3の時も、今思えばきっとそうだった。

及川は不安を感じれば感じるほど、直接的な……肉体的な繋がりに縋ってしまうのかもしれない。
本当は選り取りみどりで華やかで、放っておいても女の子が寄ってくるのに。
内心はいつだって俺の方が『及川、バレーほっぽって、あっちにいっちまうんじゃね?』ってハラハラしているのに。
……アレ?……及川がバレーを放り出す訳がねえな。
俺がハラハラしてたのは……何でだ……?

一緒に居てくれるよね?って、お前が聞くのかよ。
「当然だろ」
すでに人生の半分以上こいつと一緒に居て、そして一緒にバレーボールをやってんだ。
こいつの性格がひん曲がってようが、捩れていようが、そんなことどうだっていい。
『当然だろ』って即答できるくらいに、こいつと一緒に居ることは当然なんだ。
俺の迷いの無い言葉に、及川は心の底から嬉しそうに、綺麗に笑った。

俺の為に……なんて綺麗に笑うんだよ、お前。
そう思った瞬間に、気が付いた。
『当然だろ』ってこいつの気持ちの上に胡座をかいていたけど……実は、俺の方こそ、こいつと『離れる』という事を想像出来ていなかったということに。
あまりにもそれが当然過ぎて、不安も心配も無かったけど……それって、当然ではなかったんだ。
だから、及川は『セクフレ』なんて言い出したんだ。

失うなんて、考えられない。
それくらいに、こいつは俺の中に食い込んでいるって、何故今まで気付かなかったんだろう。
いや、こいつが目を背けたい俺の気持ちを読んで、先手をうってくれていたというだけなのかもしれない。
そういや、「だって、岩ちゃんは俺とこういうことしてるってバレるの嫌なんでしょ?」って言われた事があった。
「当たり前だろ?」
って返したら、及川は何とも言い難い顔をした後に言った。
「だったらさ、俺が女の子と付き合ってたら、『あいつら仲が良すぎるよな』レベルで終わるよね。………俺と岩ちゃんがどれだけ仲良くしてたとしても」
カモフラージュの為に女の子と付き合ってんのか?!とも思った。それって失礼じゃねえのか?って。

それでか。
あいつの「仕方が無いよね」は、俺が言わせてたんだ。
男同士だからって、こいつに本気で向き合うことから、俺が無意識に逃げてたから……ダメだったんだ。

「………及川」
『セクフレ』でいいのか?
冗談じゃねえよ。
「なに?岩ちゃん」
彼女?いや、それはない。
彼?いやいや、こいつの彼氏が俺ならまだしも。
恋人……何か甘ったるすぎて無理だ。
「お前さ………俺のもんになれよ」
言葉のチョイスに迷いに迷って、何とか口にする。
やたらと傲慢な響きに自分でもびっくりした。
『岩ちゃんってば酷い!人をモノ扱いしないでよね!』って言うかと思ったのに……及川はポツリと
「いいの?」
とだけ、言った。
「いいも悪いも、その気がねえなら、言わねえよ」
珍しく慎重なその言葉に、何だよ、嫌だったのか?とこっちが不安になってくる。
「…………本当に?返品不可だよ?」
「どこに返品すんだよ」
「クーリングオフも出来ないよ?」
「クーリングオフって何だよ」
「通販したけどやっぱやめますーとかそういうの」
「しねえよ」
「じゃあさ、岩ちゃんも、俺のもんになってくれるの?」
「そりゃ、お前が俺のもんになるんだったら、俺もお前のもんだろうな」
俺の言葉を聞き終わるか終わらないかのタイミングで、及川は俺に飛び付いてきた。
「ねえ、本当に?本当に、俺だけの岩ちゃんなんだよね?」
心底嬉しそうな声で言う。
どんな顔で言っているのかは見えなかった。でも、珍しく裏の無い顔をしているんだと思う。
「まあ……そういうことにしといてやるよ」
急に気恥ずかしくなって頭を掻いていると、至近距離に及川の顔があった。
本当に……睫毛長いよな、こいつ。
肌も俺より白くてスベスベだし……とか思っていると、唇に柔らかい感触があった。
「やっと、できた」
ぽつりと呟かれて、物凄い近い距離で及川の目を見て……唇が触れたことを知る。
あんなに遠いと思ってた距離は……踏み越えると決めたら、驚くほどに近かった。いや、そもそも、初めから遠くなんてなかったんだろう。
こいつを俺が遠ざけていただけなのかもしれない。
「そんな……軽いのでいいのか?」
「うそ、道端だよ?!!こんなとこでディープなのしちゃっていいの?!!」
言われて思い出す。ここは家の近所だっつーのに、何しでかしちゃってんだよ!!!!
「あ、すまん、今の無し」
「何?岩ちゃんうっかりさん過ぎるでしょ。ファーストキスの衝撃はでっかかったんですかね?」
人を馬鹿にしたような態度で言いやがってムカつくな、マジで!さっきまでしおらしかったくせに!
「あ?ファーストキスじゃねえし」
売り言葉に買い言葉みたいな感じで言い返すと、案の定及川は焦りだした。
「え?!!ウソ!!!何それ聞いてないよ!?!!」
ざまあみろ。
そのまま焦ってろ。
そう思ったのに、「ちょっと、誰と?!信じらんない!あれだけ俺が…!!!」「誰?許せない!奪い返しに行ってくる!」ってずっと及川がうざったいので、ついうっかり口を滑らせてしまった。
「………酔っぱらったお前の姉ちゃんに「も〜〜〜!一は可愛いなぁ!」ってやられたことが、ある」
「は?!姉ちゃん、何考えてんの?!!!っつかさ、岩ちゃんもそれカウントに入れる?!入れちゃダメなやつでしょ、それって事故扱いだよ!」
今度はブーブー口を尖らせて文句を言い出した。
そんなに俺の初めてが欲しかったのかよ。どんだけ俺の初めてを集めるつもりだよ、お前。

初めて悔し泣きしたのも、一緒だった。
俺が初めてスパイクを打ったのも、お前のトスだった。
突き抜けるようなバレーの快感も、爽快さも全て、お前がくれた。

「ねえ、一緒の大学に行こうね。ずっと、一緒にバレーしようよ」
「ああ」
「バレーだけじゃないよ。ずっとだよ、ずっと一緒に居るんだよ?」
「ああ」
及川は何度も何度も念をおすように呟いた。
だから、俺はこいつの不安が少しでも無くなるように、返事した。
『ずっとバレーをする』というのは、体力的にもいつか無理が来る。
でも……『ずっと一緒に居る』というのは、案外簡単に実現できるような気がするんだ、俺とお前なら。
俺が答えるたびに、ふわりと及川が笑っているのが解る。
そのたびに、今までどれだけこいつが不安に感じていたのかも伝わってくる。
「あ、あとね、行ってきますとお帰りはチュー…」
人差し指を立てて次から次へと何か妄想を膨らませている及川を止めるかのように、手を握る。 及川は少し驚いた素振りを見せたものの、すぐに俺の意図を読んだのか指を開いた。指が絡み合う。
そのまま、その指をジャージのポケットに突っ込む。
やべえ。耳まで熱い。
「岩ちゃん……耳まで真っ赤だよ」
「うっせえ!そこの角までだかんな!」
「ウソ?!それは短すぎるでしょ!俺の家までだよ!」
「そんな長い間握ってられっか!」
「痛っ!ちょっと、岩ちゃん?!セッター様の指を何だと思ってんの?!!」
指って言われて思う。
「そんなら……指輪でも買ってみるか?」
今度は及川の顔が真っ赤になった。
お?珍しいな。
「な……何、ナニ、何言っちゃってんの?!!」
すんげえ動揺してる。面白い。
「いや、別に要らねえならいいけど。小遣いあんまねえし」
「ちょっ!?!要らないとか言ってないよ?!!要るよ、要ります!欲しいです!」
「そ?じゃあ、明日でも見に行くか?」
「ねえねえ、岩ちゃん!それってデートだね!」
「あ?行きたくねえのか」
「行きたく無いって言ってないじゃん!!!もう!素直じゃないな!」
「お前のせいだろ」
「いいですけどね!どんな岩ちゃんだって……好きだから!」
放り投げるような口調で言うか?!
「知ってんよバカヤロー!」
投げやりに言い返したのに、及川はまた心底嬉しそうに笑った。
怒ったり焦ったり、喜んで鼻唄を歌ったり……くるくる変わるこいつを見ていたら飽きない。
今だって『フンヌフ〜〜〜〜ン♪』とか得体のしれない歌を口ずさんでいる。

本当はもっと早く……こうなることだって出来たんじゃないのか?って思う。
でも、きっと今だったから、こうなることを受け入れられたんだろう、とも思う。

重なった線がどこまで繋がっているのか、俺には分からない。でも、案外シンプルなものなのかもしれないな………なんて、手のひらに伝わる体温の確かさを感じながら思った。
この温もりが、いつまでも手の届くところに在るように。
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