小説
□短編
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「暑いな…」
夏の盛りは過ぎたものの残暑は厳しく、日陰を選んで歩いているのにも関わらず汗ばんでくる。
ツクツクボウシの鳴く声がいやに耳につく。
歩き慣れた道――
ふと気がついて顔を上げると、そこにはもっとも愛しい人の姿。
「薫殿」
「おかえり、剣心」
心が安まる。
「…剣心?」
「あぁ…何でもないでござるよ。」
二人は肩を並べて部屋の中へと入っていく。
「剣心、今日はね、あなたに渡したいものがあって」
「………………?」
心当たりはない。
「何…でござるか?」
薫は小さな両手で何か持っている。
「ないしょ♪」
かわいいな、つい頬がゆるんでしまう。 「気になるでござるよ」
剣心は薫の細い指を一本一本優しくほどいていく。
「おろ…」
薫の手ににぎられていたものは、緋色の小銭入れだった。
毎晩遅くまで起きていると思ったら、これをつくっていなのか。
実用的な贈り物、彼女らしいな。
「ありがとう。」
剣心は小銭入れを懐にしまった。
「今日から…今日から使ってね?」
薫はそう言うと足早に部屋を出て行った。
「今日から…」
剣心は懐から小銭入れを取り出し、小銭を移し替えようとして、中をのぞきこんだ。
「ん…?」
中には紙切れが入っていた。
『これからも、ずーっと一緒にいられるかな?』
気付くと部屋を飛び出していた。
「薫殿!!」
廊下を歩いていた薫が驚いて振り向く。
剣心は薫を強く抱きしめていた。
何が彼女を、こんなに不安にさせていたんだろう?
俺はここにいるのに。
ずーっとここにいるのに。
「薫殿、拙者は…」
「うん、分かってる。ごめんね」
「拙者はずっと薫殿のそばにいるでござる」
「うん」
違う、こんなことが言いたいんじゃない。
俺が言いたいのは…
「薫殿」
「ん?」
「世界中の誰よりも、好きだ」
「…はい」
ツクツクボウシが鳴いている。
きっと来年の夏にも、再来年の夏にも、また。