聖者と覇者

□追憶(全3ページ)
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王子リオールは毎日、塔へ訪れて来てくれた。


ある日のこと。


『聖女。今日はプレゼントがあるんだ』


聖女に良い匂いのする何かを手渡した。


『これ…お花ね』


聖女は匂いを嗅いだ。


『そうしてると…やっぱり王女様だよね』

『…え』

『聖女って、フォルスタン国の王女でしょう?オレ、勉強してるんだよ。聖女のことも勇者のことも…』

『そう…』


また、聖女は寂しい表情になった。


自分が聖女だということ…。

聖女である自分がここに居ることを言わないでくれ…。

そう聖女自身が言ったにも関わらず、である。


『聖女。名前を訊けないのは心苦しいけど…オレ、聖女には笑っていてほしいな』


聖女の名を尋ねるのは重罪だということも、リオールは独学で学んだ。

故に…リオールにとっても聖女にとっても、本当に痛く…切なく辛い。


『リオール…ごめんね…』

『聖女は悪くないよ』


それからも、リオールは毎日会いに来てくれた。


日に日に変わる声に、聖女は戸惑ったが。

初めて抱く感情に気づいた。


リオールが十五歳の誕生日を迎えた日のこと…。


『フォルスタン国でも祭りがあるのかな?すごく賑やかだ』


遠くからは、陽気な笑い声や音楽が聞こえてくる。


『楽しそう…』


聖女はリオールの隣に立って、窓から吹く風を身に受けた。


二人は遠くから聞こえる音楽に耳を傾けていて、無言だった。


最初に沈黙を破ったのは、聖女だった。


『リオール…どうかした?今日はずっと居てくれるみたい…』


少し間を置いた後に、リオールの漏れた溜め息が聞こえた。


『…母上と喧嘩したんだ。勉強しろだの剣の稽古をしろだの、うるさくってさ…』


肩に手を置かれたらしく、聖女はその肩を震わせた。


『…嫌?』


訊かれ、聖女は首を横に振った。

そして、リオールの胸板に手を当てる。


『いつか、外に出たい…』

『いつか…魔が滅びた時なら自由になれるのかな』

『………』


リオールは聖女を抱きしめた。


聖女は思っていた。

出会った当時は自分と同じくらいの背丈だったな…と。

しかし、今の彼は見上げなければ顔を伺うことはできないだろう。


リオールの体温を感じて、聖女は安心できた。

孤独に支配されるのは、もう…嫌だ。


涙が溢れた。

すると、柔らかいものが涙を掬ってくれた。

その柔らかいものは頬へと落ちていく。


『君にキスをするのも許されない。君が聖女である限り……』

『リオール……』

『こうして触れていたい。聖女をひとりにしたくない。悲しませたくない』

『……リオール……』


『君が好きだ』


そう言われた時、心が軽くなったような気がした。


聖女の寝所で、ふたりは体を寄せ合って一晩中、語り合っていた。


聖女は自分の役割を苦痛に感じることもあったが…。

リオールが側にいてくれるだけで良かった。

彼が心の支えになっていた。
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