聖者と覇者

□決戦前夜(全7ページ)
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セリルの肩は、わずかに震えていた。


「私は…魔が、怖い……」

「え………」

「魔は、私の魔力の波動が嫌いなのに……私は、魔のことを何一つ知りません」

「セリル様………」

「でも、少しだけ怖くなくなりました」


セリルは胸元で光るペンダントに触れた。


「いつか、世界が平和になったら…色んな物を見せて差し上げます。王子達も望んでいることでしょう」

「ありがとうございます」

「セリル様が今、一番見たいと思うものはありますか?」

「色んなお花や、親切にしてくださった村の方々のお顔……ああ、ファルドのお顔も見たいな。でも…」

「ん?」

「……今は、皆さんのお顔を見ているだけでいいです」


セリルは、フェンリルの背中から遠くを見つめた。

ギルドもリオールもディルスも、穏やかな顔で話をしている。


「ディルス様が仰っていました。私は、恋をしているそうなんです。胸がドキドキしてるんです」

「へぇ。いいじゃないですか」

「私、あなたを見るとドキドキします。こうして目に光が戻った時に、あなたを見てから、ドキドキしてます」

「俺を見て……?はて。何故ですか?」

「それが…私にも分からなくて、ディルス様にお訊きしたら…恋をしているそうで」

「へぇ…」

「ギルドに対しての好きと、ディルス様に対しての好きという気持ちが、リオールに対する愛する気持ちと同じなんです。でも、あなたに対しては何だか違うような気がするんです」


セリルが顔を赤らめて膝を抱えると、ロアはようやく気付いた。


セリルは隔離されていた為に、世間を
知らないのではないか?

だったら、目に光が戻ったなら、もっと色んな物を見せてあげたい。

素直にそう思ったのだ。


そして、ディルスと話した失われた前世の記憶の断片のこと。


「まさか…あなた、恋愛を知らないのか?」

「分かりません…」

「過去にも、聖女が生誕した記録はある。なのに……前世の記憶があるのに、どうやって子孫繁栄を行ったのか…それすらも分からないと?」

「はい……。皆さんも、同じことを仰られてました……」

「だからディルスが頭を抱えていたのか……。そういうことだったのか……」


ロアは非常に困ったと深い溜め息をついた。


「あの…。抱き締めてもらうといいそうです…」

「はあ?誰がそんなことを…」

「ディルス様が……そうしてもらいなさいって」

「ったく……あの馬鹿は。何てことを吹き込んでいやがんだよ……」

「確かに……目が見えなった時、怖くて寂しいと思っていた時、リオールが抱き締めてくれました。その時だけ、不思議と怖くなくなりました」


セリルは、ロアの背中に腕を回してすがりついた。


「魔は何者なのか……創世神であるバルラが何故、創世神としての力を失ったのか…。それを考える度に不安で仕方ないの」

「不安……?」

「世界は一体、どうなってしまうのか……。何だか心が押し潰されているみたいに不安で………」


ロアはセリルの体を抱き締めた。

あまり力を入れると折れてしまいそうな華奢な体だ。


長旅をしてきたはずなのに、彼女からは薔薇の香りが漂ってきた。

絹糸のような長い髪は、まったく乱れていない。


セリルは顔を上げて、背中に回していた腕を引いて、彼の首へと回し、すがりついた。


しかし、心が押し潰されているような不安は取り除かれない。

きつく抱きついていると、背中を地面に押し付けられた。


「俺だって男だ。好きな女性に、これだけきつく抱きつかれたら我慢出来ないのは当然だ」

「なに…?なに?や………」

「セリル様。ごめん!」

「きゃあ…ッ!」




遠くからかすかに聞こえてくるセリルの悲鳴を聞いていたギルド達。


「あの悲鳴から察するに、ロアが理性を手放したんだなぁ」

「その理性の楔を切ったのは誰だろう」


じ…と、リオールはディルスを見つめた。


「何か問題でも?」

「問題はないけど、ロアに理性を捨てさせたのが凄いな…って」

「そうでしょうか。あれも男なんです。それより……」


ディルスは深い溜め息をつき、ギルドを見つめた。


「死ぬ前に、ひとことだけ言っておきたいことがあります」

「何だ………?」


「我がオードスタン家を覚えていてくださって、ありがとうございます」


その声は震えていた。


ギルドは、つられて泣きそうになるのを堪え、クスクス笑ってみせた。




〜END〜
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