聖者と覇者
□決戦前夜(全7ページ)
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ペンダントに魔力を注ぎ終え、ロアは後ろへ倒れた。
「イヒヒヒヒンッ!」
「ん?おわッ!フェンリル!忘れてた!」
「ブルルルル……」
フェンリルのいななきを聞いて、セリルが駆け寄って来た。
「まあまあ。フェンリル、どうかしましたか?」
「ブルルルル…」
フェンリルはセリルの衣服を口にくわえ、思いっきり首を傾けた。
「キャアッ!」
「!?」
ロアの方へ放って寄越したのだ。
彼は慌ててセリルの体を受け止めた。
「フェンリル!危ないじゃないか!セリル様、大丈夫ですか?」
「は……はい。びっくりしました…」
「…………」
ロアはセリルを隣に腰掛けさせて、その首にペンダントを掛けた。
「これは…?」
「ただの御守りです。あなたは我々にとって大事なお方なので」
「わずかに魔力を感じます。あなたの魔力を…………」
セリルはロアの腕が裂けていることに気が付いて、治療魔法を施した。
そして、気付いた。
「わざわざ体に傷をつけて、魔力を注いだのですか…?」
「はあ…。魔力を注ぐ方法を他に知らないもので。というか、それ以外に今のところ方法はありませんよ」
「そういう問題ではありません!自分で体を傷付けるなんて……何を考えておられるのですか!」
「大した傷ではありませんよ。そんなに怒ることではありません」
「傷の大きさの問題ではありません!どうしてこのような無茶ばかりされるのですか……」
「イヒヒヒヒンッ!!!」
フェンリルが高らかにいななくと、ディルスが駆け寄って来た。
「やれやれ…。フェンリルがご立腹ではないか。お二人さん、あんまりフェンリルを怒らせないでもらえないか」
「な…何もしてないって!」
「何もしていないからこそ、フェンリルは怒っているんだよ」
「はあ?」
ディルスはフェンリルの首を叩き、ふたりを見下ろした。
「フェンリルは、超!短気なので、あんまり煩わしいと踏み潰されるかも知れないぞ」
「だったら…どっかやれよ…。怖くて神経削れるわ…」
「フェンリルは大きいから、向こうからはお前達の姿は完全に見えないばかりか、何をしようとも向こうからは全くわからないんだな」
「何が言いたいんだ…」
ディルスは溜め息をついて、またふたりを見つめる。
「生きて帰れるか分からないんだぞ」
「!」
「どちらかが死んだ後に、後悔をさせたくはない。それだけだ」
「…………」
「ギルド様を見習え。本能がそれを理解して、本能に従い悔いを残しておられないんだ。何の為にフェンリルを置いているのか分からんぞ」
「お前な……」
「取り敢えず、フェンリルを怒らせないでくれ。それを言いに来たんだよ」
「ハァ…。結局、いつもは自分のことばっかりなんだからなぁ…」
ディルスはフェンリルの首を叩き、去って行った。
どうやら遠くで双子の王子と話をしているようだ。
「ブルルルル……」
「フェンリル…そんなに睨まないでくれないか…。怖い…」
「怖い………ですか」
セリルは膝を抱え、遠くを見つめた。