聖者と覇者
□決戦前夜(全7ページ)
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泉からロアが戻って来ると、ディルスは彼に向かって手を仰いだ。
「ロア…。ちょっと」
「何だ?そんな渋い顔で…」
「実は…」
ロアが隣に腰掛けると、ディルスは事情を話して聞かせた。
「前世の記憶が欠けてる…というのは、時間…ではないだろうか」
「時間?」
ディルスは唇を摘んだ。
「ディルス。お前は、物心ついたのはいくつの時だ?」
「ん?三歳…いや、四歳くらいか」
「その時、好きだった食べ物や玩具を覚えているか?」
「いや全く。毎日、魔法の書物を読まされていた事くらいだな…」
「いくら前世の記憶だとは言えども、300年も前だ。これまで聖女が生誕した記録はあるが、そういう事なんじゃないか?」
「成程…」
ディルスは納得した。
いくら神の子だとはいえ、自然の摂理に反する事はないだろう。
「聖女が、男を知らない…なんて言うものだから、余計に混乱してしまったんだ…」
「というか、あの方の場合…世間を知らないんじゃないのか?ずっと隔離されていたんだろう?」
「そうだな…」
「もっとさ、色んな物を見て感じてほしいよな」
「ほう。例えば?」
「綺麗な花とかさ。賑やかな街並みとか…」
「………それだけか?」
「それだけ…とは?他に何かあるだろうか」
ディルスはクスクス笑い、ロアの肩に腕を乗せた。
「例えば、キスの感触とか?」
「Σ!!!」
「一度やれば病み付きになってやめられないものなんだがなぁ。俺は腐るほど女を抱いたが、あれだけはやめられないし止まらないぞ」
「ディルスッ!!!」
「男なら、一生に一度は味わっておくべきだ。ただでさえ生きて帰れるのか分からないんだからな」
「………ッ」
「たまには人生の先輩の言うことを聞いておけ。必ず成功するから」
ディルスは立ち上がり、遠くで話をしていた双子の王子に何やら話始めた。
ロアは深い溜め息をつき、胸元にあるペンダントをひとつ外した。
「人生の先輩……か。違いない」
聖剣で腕を切って、ペンダントの宝玉で血を受ける。
片方の手を滴る血にかざし、呪文を唱えると…。
滴る血は赤い結晶となって、ペンダントの宝玉に吸い込まれていく。
以前、ディルスがギルドに与えた護身刀も、こうして魔力を込めていたのだ。
潜在魔力は、血液中に流れる魔力を生み出す細胞の質と数を言う。
しかし、こうして魔力を装飾品などに込める…というようなことは、よほど鍛練しなければ出来ないことだ。
(きっと俺の親は、魔法使いか何かなんだな)
ロアは、生まれつき潜在魔力が備わっていた。
特に何もしていないのに、魔法の制御も完璧だと留学先では特待生だった。
潜在魔力が備わっているだけでは魔法は使えない。
精霊と契約して初めて魔法が使える。
だが、魔法を制御出来なければ…。
精霊が余分な魔力を奪い取ってしまい、命に関わることも珍しくはない。
それを防ぐ為に、魔法を使う者は皆、魔法を制御する為に鍛練を行う。
しかし、ロアは魔法を制御する術を生まれつき持っていたので、鍛練の必要がなかった。
だからこそ、国王の側近が勤まっていたのだ。