聖者と覇者

□思い出(全8ページ)
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丸三日、歩いた。


その間、魔物の姿は全くなかった。

しかし、降り続けていた雨が豪雨となった。


次第に体力の大半が削られてしまう。


…クシッ…。


リオールが小さくくしゃみした。


「まずいな…。どこか雨宿りできるような場所はないか…?」


顔に滴る雨水を袖で拭ったギルドは辺りを見回す。


「…あれは…」


ディルスが遠方を指差す。

岩がぽっかりと穴を開けている。


ギルドが騎馬から降りて調べた。


「ただの洞穴みたいだな…」


荷馬車や騎馬達を外に残し、一行は洞穴へ入りすぐに着替えた。

魔法で炎を起こし、濡れた衣服を乾かす。


「…幻の玩具を作り上げた者達の理想は、古代の文明を滅ぼした賢者と共にありたいと思っていた」


ロアが、持ち出した数少ない書物の一つを朗読した。

元気がないセリルをそれなりに励ます為だと、ディルスが提案したのだ。


当のディルスは、夕食の支度に忙しんでいる。


「……」

「…面白くありませんね。えっと…」


セリルがあまり笑わないのを気遣い、ロアは適当に書物を手にした。


「…王女は言いました。ああ…あなたは何故ロメオなのですか…」

「……」

「私が王女でなければ…。騎士ロメオはジュリエッタが佇むバルコニーに身を投げ…」

「……?」

「…衛兵に捕まりましたとさ…?何なんだこれは…。自滅行為にも程がある…」


ロアは、その書物を見なかったことにした。


「俺は面白いと思うけど…」


その様子を、偶然見かけたギルド。


「そうかしら…」


セリルは首を傾げた。


「では、これはどうかな…」


ロアは新たに書物を手にした。


「…三年B組の新任になった金之八助は…」


ロアは涙ながら朗読する。

セリルもベソをかいている…。

そこへ、ディルスが葱を持って現れた。


「それ、懐かしいな。気まぐれで書いて、ベストセラーになった私が書いた小説だ」

「え…」

「青春ドラマなんて書いていた時期もあったっけか…。いやあ、若かったよ私も」


アッハッハと笑いながら去った…。


「…え?!ディルスがか…?!俺…ファンになりそう…」

「私も…。ロア様、続き続き!」

「どんなペンネームを使ってるんだろ………」


著者の名前を見て、ギルドは息を飲んだ。


「ギルド様?」


ロアも著者の名前を見て絶句した。


著者は、ディルス=オードスタン。


「オードスタン………」

「おいおい……ディル〜ス。オードスタンといえば、数少ない賢者の末裔だ。罰当たりなことをしちゃ駄目じゃないか」


すると、遠くからディルスが。


「おお、そういえばそんな名前で書いてたっけか。忘れていたよ」


そう言った。


ギルドは、覚えていた。

オードスタン家が取り壊された理由などすべてを。


「オードスタンの当主は、心優しい人だったな。母上がさ、暇潰しにそんな心優しい人を騙して…当主は自殺したんだ」

「な…!?」

「俺が何言っても、父上は母上の嘘っぱちしか信用しなくてさ。俺はリオールとは違って、まだチビでガキだからってさ」

「酷い………」

「だいたい、貴重な賢者の末裔の家を取り壊すってどうよ。父上はオードスタンの当主の人柄を知ってたんだから、まず母上を疑うべきだろうがよ」


ギルドの声は洞穴に響き渡った。


(あの強大な潜在魔力なんだ。ディルスはオードスタン家の跡取りなのかな…)


ギルドは、ディルスの元へ赴いて夕食の支度に勤しむ背中を見つめた。


わずかにその肩は震えているようだった。
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