聖者と覇者
□思い出(全8ページ)
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『そなたが、ディルス=オードスタンかえ…』
遺体すら見当たらない王妃を捜索しながら、ディルスは思い出していた。
『オードスタン…。何処かで聞いた姓よの』
初めて王妃と会った時の記憶…言葉が蘇ってくる。
『そなた、歳は?妾とそう変わらぬと聞いたが…』
まだ、誰にも打ち明けていないことだ。
『そなた、平民ながら貴族のようなきらびやかさじゃの』
…許さない。
あの女を…。
当時は、心の奥で毎日呟いていた。
…いつか、殺す…と。
『妾を抱いてたもれ。さすれば、地位も名誉も思いのままじゃ』
…地位?名誉?
貴様が地位や名誉を語るのか?
頭おかしいんじゃないか?
『そなた、騎士であろう?騎士は主君に忠実でなければならんぞえ』
…俺は、騎士だ。
しかし、主君は貴様ではない…。
…俺の主君は…。
「…ギルド様…だけだ…」
立ち止まり、何かを見つけた。
ボロ布をまとっただけの…異臭を放つ、人間の死体だ…。
ディルスはすぐに理解できた。
「…王妃…」
ツカツカと歩み寄り、死体を睨みつけた。
小さな虫が、うじゃうじゃと群がっていて…。
腐敗した臓器や白い骨があらわになっている。
「…どれだけ貴様をこの手で殺してやりたかったか…。ギルド様の手前、生かしておいてやっていたが……それは間違いだった」
ディルスは印を組む。
「俺の父親に泣きついて、貴様の慰み道具にしたクセに……自分は被害者として夫である国王に通報した。結果………」
詠唱もなく、組んだ印から炎が生まれた。
「オードスタン家は強制的に取り潰しになり、父親は自殺した。貴様のせいで……親父は………」
炎は大きくなり、ディルスの手から離れ…死体は燃えた。
人間の髪や肉の焼ける凄まじい異臭…。
それはすぐに灰となり、異臭も消えた。
「…今なら親孝行…出来そうだったんだがな…」
オードスタン家は、代々賢者の末裔だった。
先祖代々から受け継いできた潜在魔力を、ディルスが生まれつき引き継いで更に向上させていた。
だが、公爵の息子だったディルスは遊んでばかりいた。
魔法に関しては勉強することがなくなったので、暇を持て余していたのだ。
何人の女を抱いたのか、本人も覚えていないほど女遊びが好きだった。
その容姿から、女はいくらでも寄って来る。
父親が自分に対して何も言えないのは知っていた。
オードスタン家に授かった、神の申し子とも言うべき潜在魔力を備えていたからだ。
ある時。
どうしても助けてほしいと泣きついてきた王妃に、協力を惜しまなかった父親。
父親はディルスとは正反対の気質だった。
情に脆く、困っている人を見ると放ってはおけない、言えばお人好しだった。
それ故に、王妃の暇潰しがどういうものなのかを知らず…。
家は国王によって取り壊された。
父親は……。
家臣やメイドや、ディルスに対して生活する為のお金が払えないといったことが書いてある遺書を残し…。
自殺した。
遺書の中には、こんな言葉が書かれてあった。
“王子ギルド様は、
最後まで尽くしてくれた。
まだ七歳だというのに、
私がそんなことを
するはずがないと仰って
国王と掛け合ってくれた。
しかし、国王は
王妃の言い分を信じた”
帰る場所もなくなったということで…。
ディルスは単身、バシュリッツ国へ騎士見習いとしてやって来た。
オードスタン家を助けてくれようとした王子に礼を言うついでに、父親が絶賛したその人間性を知りたかった。
それと、この手で王妃を殺してやりたかったのでバシュリッツ国にやって来たのだ。