聖者と覇者

□二人の聖女(全6ページ)
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夕食が済み、水浴も済んだ就寝時間。


荷馬車の中で眠るディルスの寝顔を、聖女が触れている。


「何をしているんですか…?」


不可思議そうに見ていたロアが訊いた。


「私、ちゃんとお顔を拝見したことがなかったもので…」

「はあ…」


顔をベタベタ触られようが、ディルスはよく眠っている。

リオールが鼻を摘むとフガフガ言ったが、これでもかというように眠っている。


「無防備だよな…ったく。まあ、仕方ないか」


ロアは呆れた声を出しながらも毛布を掛けてやる。

リオールが背伸びすると、ロアはすぐに寝かしつけた。


「ギルド様」


荷馬車から顔を出して呼んだ。


「話し掛けるな…」

「す…すみません…」


魔法書を読み続けるギルドの声に、ロアは身震いした。


「ギルド…」


聖女が心配そうに呟く。


ギルドはブツブツと、こう口ずさんでいる。


「幾多の天(あま)を駆ける流星の導きに希望を委ねよ…」


「…ッ…」


ロアは息を飲んだ。

全身の毛穴が開いたような恐怖にさいなまれてしまう。


「…我は求める。かの願いにたゆたいし奇跡の欠片。汝ら精霊が呼応する加護と天罰…」


「あ…あ…」


「…フン…」


ギルドは頷いて、魔法書を閉じ…。

愛馬ファルドに寄り添って眠りについたようだ。


冷や汗を拭うロアの肩を、眠っていたはずのディルスが叩いた。


「ロア。ギルド様は、私なんぞよりも遥かに上回る潜在魔力の持ち主なんだ。あまり怒らせない方が良い」

「お…俺は、ただ…」

「あの方が潜在魔力を放出すれば、私達は間違いなく死ぬだろうな。お〜、恐」


ディルスは再び寝息をたて始めた。

その寝顔を、また聖女がペタペタ触っている。


(…結局、俺は足手まとい…って訳か…)


ロアは深い溜め息をついた。


(あの魔法書から、こんな短時間で詠唱を紐解いたんだ。一体どれくらいの努力をしてきたのだろうか…)


現に、ロアは紐解くのに難儀していた。

変わっていく暗号を、変わっていく度に解かなくてはならない。


今更ながら後悔した。


「……けじめなんて、捨てれば良かった……」


ディルスの寝顔を見て、そう思った。


「俺はともかく…王子に対しても国王に対しても…馴れ馴れしい奴だ。けじめがなっていない」

「………」

「今更…それを羨ましく思った。こいつのように、身分や人柄を気にしない生き方をすれば良かった」


何故、そう言ったのかはわからないが…。

ここ数日のギルドの態度に、酷く後悔を覚えていた。


「あなたは、リオールもギルドも、同じくらい大好きなのね」

「……もちろんです」


聖女に顔を触られ、ロアはくすぐったいと顔をそむける。

しかし、聖女はペタペタ触ってくる。


その様子を、じ……と伺っていたリオールは感じていた。


(ふたり、仲いいな)


聖女の目に光を取り戻すことなく、自分は今ここにいる。

だが、少しながらも楽しそうな聖女を見ていると、幸せだった。
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