聖者と覇者
□決戦前夜(全7ページ)
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ディルスとロアは隣立って、横たわった騎馬イレイザを見下ろす。
ロアが治療魔法を使うと、傷口は塞がったのだが…。
イレイザは立ち上がらない。
「どうした。イレイザ」
「ヒン……ヒン……」
「骨折も治っているはずだ。どうして立たない」
「ヒン………」
そんなイレイザとロアを見ていたディルスは、深い溜め息をついた。
「これだけ出血しているんだ。もはや使い物にならんぞ」
「……そうか」
ロアは、魔剣を振りかざす。
「お…おい…何をやってんだよ!!」
リオールが悲痛に叫んだ。
「…聞いた通りだ。もう使い物にならん」
ディルスがリオールを睨む。
「俺を治してくれた薬草がある」
ギルドは、自分の荷から薬草を取り出し、イレイザの口にねじ込んだ。
少し経って、イレイザは立ち上がったが…まだフラフラだ。
「……言おうかどうしようか迷っていたんですけど……言ってしまいましょうか」
ディルスはギルドとリオールを見つめた。
「あなた方は、私とロアをも庇おうと剣を振ってはいないか?」
「そ…そりゃあ…仲間だし…」
「死んでほしくないないからな…」
「………お前ら、頭おかしいだろ」
ディルスが初めて見せる、自分達への怒りだった。
ギルドとリオールは静かに聞いた。
「魔を倒すべきは、かつての勇者の血を引くお前らだろうが。俺とロアなんぞ捨て駒だ。その捨て駒を守ろうと戦うな。邪魔なんだよ」
「邪魔って…お前……」
「だいたい、王族に守られる騎士なんて聞いたことがない。俺達は、どんだけ情けない騎士なんだって話だ」
「ディルスの言わんとしていることは分かるが……」
ロアはディルスの肩に手を置いた。
「お前らしくないな。もっと言い方を変えればいいのに」
「………」
「王子。ディルスはね、自分を庇って王子達が怪我をしてしまわないか、それを心配してるんですよ」
言われ、ギルドとリオールは顔を見合わせた。
「俺も同じです。王子達が俺を庇って怪我をしたら…生きて行けません」
「それは、どういう……」
「ディルスも俺も、あなた方を死なせない為にここにいるんです。あなた方は真っ直ぐ前だけを見て戦ってください。俺達に何があっても、決して振り向かないでください」
「そんなこと……出来る訳がないだろ!!!」
ギルドはディルスの背中に腕を回し、すがりついた。
「皆で生きて帰るんだよ!いなくなってもいい奴なんていないんだ!捨て駒なんて一人もいない!」
「やれやれ…。こうなるのが分かっていたから、敢えて敬語を捨てたというのに……。ロア、どうしてくれるんだ」
「まあ…言い方を変えた所で、お前もこうなることは分かっていただろう?」
「まあな。ただ、言わなければならないと思っていたんだよ。この子達の戦い方や行動が危なっかしくてな」
「同感だが、それも含めて共にフォローしようじゃないか」
「やれやれ…」
ディルスはギルドの頭を撫で、ロアに負傷した腕を見せた。
「一発頼めるか?折れたらしい」
「な………!?よくそんな状態であれだけべらべらと喋っていられたな!」
ロアが治療魔法を使うのを見て、ギルドは首を傾げた。
「なあ…ロア。死滅の芳光を使ったんだろう?なんで治療魔法を使えるほど魔力が残ってるんだ?」
「ああ、これのお陰ですよ」
ロアは胸元を開けた。
ふたつのペンダントのうち、ひとつを摘まんだ。
「精霊石か。そこから魔力を頂いてたのか」
精霊石には、あらかじめ魔力を蓄えておくことが出来る。
それが出来るのは、魔法に精通している人間の中でも限られている。
ディルスの護身刀にも精霊石が嵌め込んであり、こちらの場合は受ける魔法ダメージが軽減されるという御守り的な効果だ。
「やっぱりディルスもロアも凄いな。俺には出来ないし」
「そうなんですか?」
「ああ。こっちの首飾りは何?精霊石じゃないみたいだけど」
ギルドは、ロアの胸元にあるもうひとつの首飾りを指差した。
「ただの御守りですよ。シズ村のご老人に頂きました」
「それに魔力を込めることって出来るんじゃないのか?」
「ディルスくらい魔力があれば御守りになるかも知れませんが……俺がやるとなると、最低でも2年かかるでしょうね」
「に……2年!?」
「またそうやって謙遜して。今のお前なら大丈夫だ」
ディルスはロアの肩を叩き、きびすを返した。
「御守り………か」
ロアが溜め息をつくと、ギルドはその肩を叩いてリオールの傍らに立った。
「ロア。ディルスがああ言ったんなら確かだ。頑張れ」
「俺も応援するぞ!ギルド、賭けをしよう!」
ギルドとリオールが走って行くのを見つめ、セリルは相変わらず首を傾げていた。