続:少年百科

□ヒモス鳥、雨模様
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僕がバスに乗っていると、曲がり角に傘を持った少年が居た。
ひょろりと伸びた長身は一瞬彼を青年に見せるが、頼りない細い肩はまさしく少年のものだった。
傘は黒、着ている服も黒、両眼にかかった前髪も黒。何もかも真っ黒な少年だった。何処と無く、アコースティック・ギターが似合いそうだ。歌も上手に歌いそう。
僕はそう、彼には内緒でたくさん空想した。
たった一瞬の出会いだったというのに。

次のバス停で少年は僕の乗っているバスに乗ってきた。
しかし、前から乗ったものだから、降りる人とぶつかって騒ぎになっていた。
少し様子がおかしい。
少年とぶつかった客、その周りにいた人、運転手、みんな揃って少年を見た途端悲鳴を上げたのだ。
まるで自分たちとは違う生き物が乗ってきたみたいに。
その瞬間、少年はびくっと体を震わせてバスを降りていった。
バス停を見る。
黒い傘が無造作にアスファルトの上に置いてあった。

また次のバス停でも、少年はバスに乗ってきた。
今度はちゃんと後ろの扉から乗り、バス内見渡す少年。
僕がそれをぼんやり眺めていると、少年は今僕一人が座っている二人掛けのシートに腰を下ろした。
髪は水浴びしたみたいにびしょびしょ。
顔に張り付いた前髪の奥から、彼の両眼がちらりと覗いた。
その眼さえも――真っ黒だった。
なんだか少年は顔色が悪かった。
前部座席と後部座席を隔てる段差に目を落とす。
そこにはべったりと、真っ黒い、烏の羽根が散らかっていた。
「ねえ、歌は好き?」
「カア」
渇いた声で少年は答えた。
僕は呆れて肩を竦めた。
これじゃ、歌は駄目だな。
そう思うと、少し残念な気持ちになった。
「ママ、カラス」
前の席の女の子が窓の外を指差す。
水滴だらけの世界で、黒い宝石が閃いた。
カラスって何て綺麗なんだろう。
僕がそう心の中で思うと、少年は隣で照れたように手の甲で鼻の頭をこすった。


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