†お話し語り†

□夢弦の兎
1ページ/6ページ

空を見上げた。
藍色の空には月が浮かんでいる。

それはほんの数時間前、透き通るような海の青にも似た、淡く光る苔にも似た姿で視界を覆い尽くしていた空だった。
今は黒に限りなく近い、吸い込まれそうなほど恐ろしい色だ。

私はその藍色が好きだ。
なぜって?私の醜さも、他人の醜さも、すべて赦されるような気がするでしょう。
だから、好き。

そうして、夜はあのひとと会えるときでもある。
夜は私達の罪を隠してくれるから、
こんなに罪にまみれた二人でも、逢瀬を赦される。

「悠くん」
三角州に取り残された場所に住む私に、最も馴染みの深いといってもいいだろう、橋の頂点。
そこは悠くんと私の、秘密の場所。
誰でも通れるけれど、誰も知らない景色がある。
誰でも見えるけれど、この景色は私達だけが共有する場所。
「紗由?どうした、めずらしくしおらしいな」
にや、とニヒルにでも笑っているつもりなのだろうか。
ずいぶんな間抜け面をしているものだ。
「私がしおらしい?その目だけが取り得なんだから、そこまで腐らないでよね」
「は?」
私が彼に期待をかけている、その一番は、人や現実を見る目。
彼の意思は、彼の目はしっかりとしていると思うから。

金色の月は藍色に影を落とす。
暗い夜空には、明るい月のほうが野暮っていうものだ。
そう、私にとっては、明るいお月サマなんて野暮以外の何者でもない。
夢を食べる私に必要なのは、現実。
私に必要なのは、今ここに現実としている悠くんだけなのだ。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ