text2
□2
1ページ/1ページ
「風邪をひくといけない、シャワーは右の扉だから」
「え、あ…」
ばたん、立派なドアが重い音を立てて閉まる。
あのあと、アタシが彼に連れてこられたのはなんとゴールド地区の高層マンションだった。さっきの公園から程近いとは言え、こんな若いお兄さんが一人で住むにはちょっと立派すぎる。
マジでこの人何者なんだろう、と顔を窺ったところで、相変わらずセオリー通りのセリフに力が抜けた。
確かにここに来るまでにパラパラと雨が降ってきたし、気温は昨日からグンと下がっているけど、それにしたって、持ち込んだ女にキスもせずにまずシャワーなんて、ちょっと変な人だ。
うわぁ、変な性癖とかあったらどうしよう面倒くさい、と、バスルームの前で立ち尽くしていると、上着を脱いでシャツ一枚になったお兄さんがジャンクから首だけこちらを覗く。いつまでも立っているアタシが気になるようだ。
「タオルなら中にあるよ、髪が冷える前に入ったほうが良い!」
「あ、あの、」
「まだ何かあったかい?」
「一緒に入る…?」
こんな放置プレイは御免だ。シャワーを浴びたところで口紅も何も持っていないし、下着はしっかり濡れてしまった。それならいっそお風呂場でヤッてしまったほうが賢いかと、アタシは自分の服の裾を握って上目遣い。我ながら、可愛らしい角度だと思う。
そんな計算高いアタシの腹の中なんてつゆ知らず、お兄さんはぱちぱちと目を瞬かせると、そのままニコ!と笑われてしまった。うっ、なんだ、その眩しいばかりの笑顔は!
「有難い誘いだが、私は先にこの子を拭いてやらなくちゃいけないからね!ゆっくり入ってくれればいいよ!」
ゆっくり!と何故かもう一度言い直すと、お兄さんはそのまま犬の頭にタオルを被せてガシガシと楽しそうに戯れ始める。
何か、誘ったこっちがバカみたいじゃないの。なんだか気恥ずかしくなったアタシは、お言葉に甘えて図々しくバスルームの扉を開けた。
なんだか調子が狂う。女の子を部屋に呼び込んで、シャワーを浴びせるなんて状況なのに。
「……まさかね」
本当にただの親切心だなんて、そんな巧い話はないだろう。
*
「ありがとう、あったまった、よ、」
「よかった、それはよかった」
だから何で反復すんの?というツッコミは置いといて、バスルームから上がったアタシは思わず言葉の端を切ってしまった。
リビングの扉を開けるとタオルに喰らい付く犬と楽しそうに遊ぶお兄さんが、上半身に何も着ていなかったからだ。
いつもならあぁヤる気満々ですかと冷めた気持ちで眺めるであろうそれを、アタシはなぜかドキリと心臓が跳ねる音を聞いた。それは甘い顔の割に均整の取れたその体のギャップだけが原因ではない、気が、する。
「あぁすまない、私の服も濡れていて」
「…あ、っそ、そう」
「って、どうしてそんな恰好を?」
「へッ!?いやあの、下着は濡れちゃってるし、タオルの方が良かった!?」
「湯冷めしてしまうよ!早く着ないと!着ないと早く!」
「だからなんで反復…、わ、ぷ!」
お風呂上がりにあんな色気のないシャツ着ていられないとスリップだけの姿でリビングを訪れたアタシに、お兄さんは心底ビックリした顔でそう叫ぶ。
そのままずかずかとこちらへ歩み寄って来たかと思うと、手近にあったシャツを頭から被せられてしまった。これだって当然サイズがデカい。いきなりの事にわたわたと袖を探すアタシを、お兄さんは相変わらずニコニコと見ているだけだ。
ホントに調子が狂う。ジト、と睨み上げたアタシを、足元の犬が不思議そうに見つめていた。
「じゃあ私も失礼するよ、ベッドならこの奥だし、リビングのカウチにも布団がある」
「……は?」
「今日は君にベッドを譲ろう!おやすみ、そしておやすみ!」
だから何で反復、いやそんな事はもうどうでもいい。
あまりにアッサリと大きなソファを指差したお兄さんは、眩しいばかりの笑顔のまま洋々とバスルームへ消えてしまった。
残されたアタシはバカみたいにぽかんと立ち尽くして、足元の犬と見つめあう事しか出来なかった。
「…君のご主人さまは、もしかしてゲイなのかな?」
空しい独り言にこっちが居た堪れなくなって、首を傾げる犬に苦笑い。
今日は拍子抜けしてばっかりだ。お化粧も落としちゃった事だし、ここは開き直ってやろうではないか。
聞こえ始めたシャワーの音を背に、アタシは犬を一撫ですると、予想通り大きなベッドにボスン、と倒れ込んだ。
さっき被せられた時のシャツやシーツから、彼の匂いがする。ホントにそんな気なかったのかなぁ、或いはすごく年上好みとか。恋人に義理固いとか。
色んな可能性を考えては、まるで言い訳みたいに口でなぞる。
なぜかちょっとだけ残念な気持ちになりながら、アタシはゆっくりと目を閉じた。
****
キース様は天使だからそんな不埒なことしないよ!しないよそんな不埒なこと!笑
なんかこう兄妹みたいに戯れるマヌケなキース様が書きたかったんです俺得でごめんなさい吊るさないでぇぇ
.