刀剣乱舞

□相身互い
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審神者が逝去し、幾日かが過ぎた。
本丸に満ちていた清冽な霊力が徐々に失われ、喧騒も疾うに絶えた。刀剣はもう殆んど残っていない。主への想いと沢山の思い出を抱え、本霊へと還って行ったのだ。

『お前達は皆、私の命で誇りだ。平和になった後の世で、縁があったらまた会おう』

今際の際の言葉をよすがに、長谷部も、目の前の男も直にそうなる筈だった。
それなのに。

「なあ、へし切りの。どうか力を貸してくれ」

切々と乞う男の手には、三日月の打ち除けの浮いた美しい刀身が握られている。それは長谷部の腹に深々と突き立てられていた。

「何、を……」

主に殊に執着していた古太刀。
主は孫バカな祖父の様なものだと楽観視していたが、祖父が孫をあのような目で見るものか。いつ主に害を為すかと、ずっと警戒していた。主が健やかに人の一生を全うし、思い過ごしであったかと疑心を恥じたその矢先の事であった。

「俺だけでは足りぬのだ」

長谷部の口の端から滴る血花を指先で拭い、三日月は恥じる様に目を伏せた。

「練度を如何に上げようと、神威を高めようと。主を取り戻すにはまだ足りぬ」

その言葉に憤怒の灼熱が弾けた。

「主の眠りを妨げる気か!? その様な真似をこの俺が許すとでも!」

突き立てられた刃には構わず、こめかみに叩き込もうと放った両の拳を捉えられる。空かさず渾身の頭突きを喰らわした。
一瞬よろめいた三日月の、口角が不意に吊り上がる。月を飼う瞳に、妖しの燐光が灯った。

「主は約束してくれたのだ。後の世に生まれ変わったならば、俺の、三日月宗近の妻になると」
「な、出鱈目を!」
「その為にもそなたが必要だ」

ずくずくと腹の傷が熱を持つ。存在が吸われる。吸い尽くされる。主に捧げた心さえ。

「離せ! お前にくれてやるものなどない!」
「忠臣の顔の下で、あれを想うていたのだろう? 何憚る事なく睦み合いたいと」

猛然と暴れる長谷部を押さえ込み、三日月は詠う様に告げる。

「やめ、ろ」
「我等の利害は一致している。ならば助け合うのは当然ではないか? 武士のいう相身互いという奴だ、ははは」
「ふざけるなァッ!!」

ああ、恋慕っていたとも。
最初は保身と野心しかなかった俺を、彼の人は優しく、時には荒っぽく導いてくれた。徐々に心は形を変え、恋を覚え――だがそれはけしてあの方の為にはならないと、一心に隠し通してきた。
その忠義を土足で踏み荒らすなど!

「赦さん! 貴様は、貴様だけは!!」
「ああ……そなたの心は熱いな」

吼えた長谷部に三日月は微笑む。その美しさにぞっとした。

「以前は忌々しくも思うたが、今はその愚直ささえ好ましい」

神の無垢な傲岸さを隠しもせず、三日月宗近は長谷部国重を奪い尽くした。
何処かでぱきりと罅の入る音がする。

主、主どうかご無事で。平和になった後の世で、この魔性の妄執から逃れられますよう――…


「へし切り長谷部、そなたに感謝を」

最期まで主を案ずる心を愛しみながら、三日月宗近は本体を鞘に納めた。

「共に主を愛でようぞ」






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