その他

□幸運の後ろ髪
1ページ/3ページ


「さて、私一人では結婚は出来ませんね。どなたか花嫁になってくださる方はおられませんか?」


馬鹿なのか? いや、掛け値無しの馬鹿者だこの方は!
むかむかしながら彼に殺到する女性達を掻き分け押し退け、前に進む。
間近で甲高い怒声が上がり、整えられた爪が腕に食い込む。痛い。が、力任せに振り払う。袖の縫い目が嫌な音を立てたが構うものか。既にお仕着せの制服とエプロンはぼろぼろだ。
人の切れ目の向こうに、背が高く容色の美しい青年の姿が見える。
あと少し……!
手を伸ばそうとして、不意に強い力で後ろ髪を引っ張られた。首に衝撃が走り、倒れそうになる。けど。

「負けるかあ!」

気合い一閃。足を踏ん張り、自慢の腹筋背筋を駆使して思い切り上体を前屈させる。
ぶちぶちぶちぃっと嫌な音がして、後頭部に激痛が走った。引き吊った悲鳴と、周囲が息を呑む気配。
ざっと人混みが退いたのをいい事に、リーホアはずかずか進んで青年の前に立った。若干引き気味な表情を睨み付けて言い放つ。

「ラン・フェオー様。私と結婚してください!」






「全く、女性がこんなハゲ拵えて……」

リーホアの上司でもあるフェオー家の侍女長が、嘆息しながら傷を手当てし、それを隠すように髪を結ってくれた。お手数お掛けします。
手元に目を落とすと、左の薬指に嵌められた優美な(そして高価な)指輪が目に入る。こわい。
……怖かったのはこの方もだろう。ちらりとランを見る。
後頭部から血を滴らせ息を荒げる、鬼気迫った顔の女に求婚されたのだ。
にも関わらず、この東方の若き富豪はリーホアの申し出を承諾した。恭しく跪き、優雅な仕草でリーホアの手をとり指輪を嵌めて言ったのだ。
「お嬢さん、どうぞ私と結婚してください」と。
その形の良い額に頭突きを食らわせなかったのを誉めて欲しい。

「つまり貴女は、ラン様が何処の誰とも解らぬ女性と結婚しようとするのを阻止する為に身体を張ったと?」

流石というか、こんな時でも冷静なフェオー家の家令に問われ、頷く。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ